溶接の基礎講座
本連載では「溶接」について、金属が接合するメカニズムから溶接の種類、また溶接の仕方まで、現場で使える知識をご紹介していきます。
2-5 TIGパルス溶接について
TIG溶接は、溶接部の冶金的な特性や溶け込み特性の両面で高品質の溶接結果が得られやすく、近年、各種材料の溶接に広く利用されています。ただ、この溶接の作業では、溶接トーチの操作と溶接棒の添加操作を同時に両手で行う必要があり、作業自体はやや難しい作業となります。
TIG溶接の溶接条件設定は、溶接しようとする材料がスムーズに溶融できる電流条件に設定することが基本です(電圧条件は、作業者が設定した適正なアークの長さで決まり、溶接条件として設定することはありません)。 したがって、電流を小さく設定したとしても母材が溶けにくくなる分をゆっくりと遅く、逆に電流が大きい場合は速い母材の溶融に合わせた速い速度で溶接することで対応できます。
なお、一定の溶け込みが必要となる第1層目の溶接などでは、溶接中の溶け込みの判定が難しいことから、あらかじめ目標の溶け込みの得られる溶融池の大きさを設定しこれを目安に溶接します。
TIG溶接機の持つ機能の中に、パルス電流制御の機能があります。この機能は、溶接中の電流条件を大きいパルス電流と小さいベース電流に設定し、パルス電流とベース電流を1秒間に数回から何千、何万回の周波数で変化させるものです。以下に、この機能の利用方法について示します。
(1)パルス機能の設定
パルス機能の利用に当たっては、(1)パルス有りを選択、(2)低周波(0.5~25Hz程度)あるいは中、高周波からいずれかを選択、(3)使用するパルス周波数、例えば2Hzなら低周波の2Hzにダイアルで設定、(4)デュティー比率(1パルス中のパルス電流時間とベース電流時間の比)を50%程度に設定(この設定で必要なパルス効果の得られない場合は、 パルス電流とベース電流の差を変化させることで調整を図ります、それでも目的の効果が得られないようであればこのデュティー比率を変化させて調整すると良いでしょう)。
(2)0.5~2Hz程度のパルス溶接
この周波数の溶接では、設定したそれぞれの電流条件で明瞭に上下する電流変化を示します(例えば30-150Aに設定すれば30-150Aになります)。すなわち、大きいパルス電流の時に母材を溶融し、続く小さいベース電流の時にプールの溶融金属を冷やします。 したがって、その溶接結果は図5-1のような明瞭なジュズ玉状ビードとなります(こうした溶接は溶け落ちやすい薄板の溶接や裏波溶接、溶けやすい材料側に溶融が偏る板厚差のある継手や異種材組み合わせの溶接、熱伝導性の良いアルミニウムや銅、これらの合金材の溶接などに有効な溶接となります)。

図5-1 1Hzのパルス溶接の溶接結果
(3)2~7Hz程度のパルス溶接
この周波数の溶接では電流の変化時間が短く、設定したそれぞれの電流に戻りきれない電流変化を示します(例えば、20-150Aの電流設定でも実際には40-130Aの変化になり、周波数が多くなるに従い変化の少ない平均電流85Aに近づきます)。 したがって、パルス電流制御による母材溶融の制御効果が少なくなり、その溶接結果は図5-2の様なパルスの周波数に対応した波形が明瞭に見られるだけのビード状態となります(したがって、この周波数の溶接は、溶け込みの制御よりもビードを一定状態に保ち外観品質の良い溶接を行いたい場合などに利用します)。

図5-2 4Hzのパルス溶接の溶接結果
(4)7Hz以上のパルス溶接
この周波数の溶接では電流の変化時間が短く、ほとんど一定電流溶接に近い電流変化となります。 したがって、パルス電流制御による母材溶融の制御効果は少なく、その溶接結果は図5-3のような一定電流溶接とほとんど変わらないビード状態となります (したがって、この周波数の溶接は、アークのふらつきを押さえビード幅を一定状態に保ちたい場合やブローホール欠陥の発生を抑える目的に使用します)。

図5-3 10Hzのパルス溶接の溶接結果
(5)500 Hz以上のパルス溶接
この周波数の溶接では(高周波パルス溶接と呼びます)、アークが細く絞られ指向性が増し、アークの安定性が高められます。そうしたことから、この溶接は、数Aといった小電流の溶接や毎分数mの高速溶接に使用します。
『溶接の基礎講座』の目次
第1章 溶接の基礎
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1-1接合方法の種類についてものづくりにおける組み立て手段としての接合方法には、締結部品であるボルトやリベットなどを利用して接合される機械的接合法、溶接やろう付けなどの金属材料の持つ特性を利用して接合する冶金的接合法、そして各種接着剤を利用する接着剤接合法があります。
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1-2金属材料の成り立ちと特性溶接は、2つの金属を加熱して溶かし、その後冷却して固めることで2つの材料を接合、一つの部材にします。
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1-3溶接の接合メカニズム金属を加熱すると、材料は熱膨張で長くなります。
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1-4ひずみが発生する原因とひずみ取り溶接組み立て品の寸法精度不良は、溶接によって発生する変形(溶接ひずみ)や溶接時のセッティング不良などが原因となります。
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1-5ひずみ対策と製品の高精度化溶接によるひずみの発生は、材料や製品形状、部材としての加工状態などによって個々に違います。
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1-6溶接作業における安全対策ガスやアークなど高温の熱源を使用し、金属が溶ける温度状態で切断や溶接の作業を行う場合の共通的な安全上の問題として、①高温の熱源から放出される赤外線や紫外線による目や皮膚の障害
第2章 溶接方法と溶接材料
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2-1ガス溶接とガス切断ボンベに充てんされたプロパンやアセチレンなどの可燃性ガスと酸素を混合して燃焼させ、得られる高温のガス炎は、金属を溶かして接合、溶断(金属を溶かして切断することから溶断と呼びます)するのに利用されます。
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2-2溶接用熱源としてのアークについて一般に最も広く利用されている溶接の熱源が、「アーク」です。アークは、その形状や電流、電圧条件を変化させることで、目的の溶接に見合った熱源に容易に制御できます。こうしたことから、アークは、幅広い材料や製品の溶接に利用されるのです。
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2-3TIG溶接と溶接装置の設定作業ティグ(TIG)溶接は、融点の高いタングステン電極と母材との間にアークを発生させ、このアークで溶かした金属をアルゴンなどの不活性ガスで保護しながら溶接します。
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2-4TIG溶接トーチ、タングステン電極の設定TIG溶接における溶接トーチ、タングステン電極は、その取り扱いにより作業性や溶接品質が強く影響されます。したがって、その取り扱いや設定には、十分な注意と確認が必要です。
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2-5TIGパルス溶接についてTIG溶接は、溶接部の冶金的な特性や溶け込み特性の両面で高品質の溶接結果が得られやすく、近年、各種材料の溶接に広く利用されています。
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2-6TIG溶接における溶接棒の添加作業TIG溶接による開先内肉盛り溶接などでは、作業者は、熱源と切り離された溶接棒をプールに挿入して棒の先端部を溶融させ溶着金属を形成させます。
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2-7半自動アーク溶接とその溶接半自動アーク溶接は、0.4~1.6mmといった細い径のワイヤをモーターで自動的に送り出す溶接法の総称です。
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2-8半自動溶接でのシールドガス及び溶接ワイヤの選択ミグ(MIG)、マグ(MAG)溶接など細径ワイヤを自動的に送給しアークやプールをシールドガスで保護する半自動アーク溶接では、使用するワイヤとシールドガス、 溶接条件によってワイヤ先端に形成されるワイヤ溶融金属が母材プールに移行していく現象(以後、移行現象と呼びます)などが変化し、使用できる作業も変化します。
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2-9半自動アーク溶接の設定条件半自動アーク溶接における溶接条件の設定は、一般的な溶接条件表を頼るような方法は余り推奨できません。
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2-10半自動アーク溶接でのトーチ保持角の設定半自動アーク溶接では、設定した電圧(アーク長さ)条件はほぼ一定に保たれます。
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2-11各種姿勢での半自動アーク溶接作業電極材料であるワイヤの溶ける量が多い半自動アーク溶接では、溶接姿勢によりプールの溶融金属の挙動が変化するため、姿勢に合わせ溶接条件の設定やトーチ操作を適正に行う必要があります。
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2-12ステンレス鋼のミグ、マグ溶接についてステンレス鋼の半自動溶接では、ソリッドワイヤ使用のミグ溶接とフラックスワイヤ使用のマグ溶接が利用できます。
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2-13アルミニウムのミグ溶接についてアルミニウム材料の高能率溶接は、ミグ半自動アーク溶接で可能となります。この溶接で比較的利用範囲の広い、小~中電流条件の溶接作業では、パルス電流制御の利用が推奨されます。
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2-14ろう材の選択とトーチろう付け作業のポイントろう付け(ろう接)は、ハンダ付け作業で行うように母材となる銅線は溶かさず、この固体の銅線の間の隙間に低い温度で溶融するろう材(ハンダ)を液体状態にして流し込み接合する方法です。
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2-15トーチろう付け作業とアークろう付け作業人の作業状態がろう付け結果を左右する手動トーチろう付け作業では、(1)接合部の清浄及びフラックスの塗布、(2)接合部と周辺の均一加熱、(3)フラックスが溶融して活性状態となる適正ろう接温度で、ろう材添加、(4)接合面全体にろう材が均一に行きわたるための加熱操作、(5)適正ろう付け状態の確認と加熱の停止、ろう付け部の冷却、(6)残留フラックスの除去と接合部の清浄、の手順で作業を行います。
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2-16被覆アーク溶接の特徴と作業上の安全対策被覆アーク溶接は、母材材質に合わせた溶接棒を使用すれば、各種材料を手軽な装置で比較的高品質に溶接できることから、これまでの溶接作業の主力として広く利用されてきました。
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2-17被覆アーク溶接棒の選び方被覆アーク溶接では、電極となる溶接棒が溶けて母材に移行し、母材の溶融した金属とともに溶接金属を形成することから基本的には母材の成分に近い成分の溶接棒を選びます(例えば、母材が軟鋼であれば軟鋼用棒、ステンレス鋼の場合はステンレス鋼用棒、銅の場合は銅用棒を選びます)。
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2-18アークの発生と安定維持作業被覆アーク溶接では、遮光用ヘルメットなどで顔を覆った真っ暗やみの中での作業となり、しかも溶接開始時のアークを発生させるための溶接棒と母材面との接触で発する「バチィ」の音、 まぶしいアーク光で驚き、次の動作に移れなくなります
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2-19各姿勢での被覆アーク溶接作業被覆アーク溶接による各姿勢での溶接作業においては、プール溶融金属の挙動に加え溶融スラグの挙動を考慮した条件設定、熱源操作が必要となります。
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2-20直流被覆アーク溶接について最近の小型・軽量化が進められた被覆アーク溶接機では、従来機に比べ低電流条件での使用が難しく、適用できる作業範囲がせばまる、などの問題点が指摘