工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 硬質膜の密着不良の原因とはく離事例

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第7章 工具の損傷事例と対策

7-4 硬質膜の密着不良の原因とはく離事例

硬質膜の生成法には多くの種類がありますが、それらを採用するためには、皮膜の密着性は共通の重要課題です。とくに硬質皮膜が工具類に適用される場合には、その使用条件が過酷なことが多く、新しい成膜法や膜種が開発されても、密着性が十分でないために実用化の域に達せない事例も多々あります。密着不良の原因としては図1に示すように、処理物が原因の場合と成膜技術が原因の場合があります。前者の多くはユーザー側の問題、後者の多くは成膜者側の問題です。

図1

処理物の前処理としての清浄化は、すべての表面処理に共通的に最優先されるべきであり、基材表面に汚れが付着したままでは密着不良を生じてしまいます。すなわち、表面処理の良否は、前処理として必須の洗浄技術が握っているといっても過言ではありません。一口に汚れといっても、有機系や無機系のものがあり、その種類や程度は多岐に渡りますから、汚れの状況を十分に把握したうえで、最適な洗浄剤および最適な洗浄方法を選定しなければなりません。例えば、多くの工業製品は機械加工や塑性加工されており、これらには加工時の潤滑剤(油性、水性)や切粉が必ず付着しています。これらの残存は密着不良の大きな原因になりますから、成膜前には完全に洗浄除去しなければなりません。

熱処理後に表面処理を行う場合には、熱処理時に生じる表面変質はとくに留意すべき問題です。加熱に伴う酸化、浸炭、脱炭、その他種々の変質があり、これらは後工程で除去できるものもありますが、いずれも皮膜の密着不良の原因になります。

基材の表面粗さは皮膜の密着性に対して重要な要素であり、成膜法によって粗いほうが有利な場合と、滑らかなほうが有利な場合があります。例えば、溶射や塗装は表面粗さが大きいほうが有利ですから、この場合には表面の清浄化と同時に粗面化を目的としてショットブラストなどの前処理を行います。しかし、PVDやCVDに関しては、表面粗さが大きい場合には密着性には不利ですから、機械加工時のツールマークの存在が問題になることがあります。例えば、図2に示すTiCN膜のはく離事例の場合、明らかにツールマークに沿ってはく離しています。

図2

すべてのコーティング膜には内部応力が残留し、皮膜の違いや成膜法によって応力の種類が異なります。図3に示すように、内部応力には引張応力と圧縮応力があり、例えば、硬質Crめっきや溶射皮膜は引張応力ですから、密着力が劣る場合には表面にクラックが生じてはく離します。Ni-Pめっきの場合には、P含有量が少ないと引張応力ですが、含有量が増加すると引張応力が減少して圧縮応力になります。

図3

イオンプレーティングやスパッタリングなどPVDや熱CVDやプラズマCVDなどCVDによる皮膜は、圧縮応力が残留します。圧縮応力が残留する皮膜は、密着性が劣る場合には膨れを生じ、さらに膜厚が厚いほど応力も大きくなりますから、はく離しやすくなります。例えば、図4に熱CVDによってTiC/TiNコーティングしたSK85の事例を示すように、この場合は膜厚が16μmにまで異常成長したため、膨れを生じてはく離に至っています。

図4

 

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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