機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

3-1 機械材料の種類と分類

機械部品に多用されている機械構造用鋼は、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼、焼入性を保証した構造用鋼がJISに規定されています。さらに、ねじ類など冷間圧造によって製造する部品に使用する線材として、冷間圧造用鋼も規定されています。

表1 主な機械構造用炭素鋼の化学成分〔JIS G 4051(2005)から抜粋〕

記号 化学成分(%)
C Si Mn P S
S15C 0.13~0.18 0.15~0.35 0.30~0.60 0.030以下 0.035以下
S25C 0.22~0.28
S35C 0.32~0.38 0.60~0.90
S45C 0.42~0.48
S55C 0.52~0.58
S15CK 0.13~0.18 0.025以下 0.025以下
1.機械構造用炭素鋼

機械構造用炭素鋼は、一般にはSC材と呼ばれており、表1に示すように、SとCの間に炭素量を表す数字が表示されています。この数字は規定されているC量の代表値(中間値またはその近似値)を示しており、例えばS45Cの炭素量は0.42~0.48%です。

機械構造用炭素鋼は、室温平衡状態ではパーライトとフェライトの混合組織を呈しており、炭素含有量に比例してパーライトの占有率が増加します。したがって、完全焼なまし状態の金属組織を観察すれば、パーライトの占有面積率からその鋼の炭素量を判定することもできます。ちなみに、S40Cにおけるパーライトの占有面積率は約50%です。

また、末尾にKが付記されている鋼種が3種類規定されており、これらは肌焼鋼と呼ばれるもので、浸炭焼入用鋼として分類されています。化学成分のうちC、SiおよびMn量はKが付記されてないものと同様ですが、有害元素であるPとSの値は低く規定しています。

表2 機械構造用合金鋼に添加されている合金元素の種類と添加量〔JIS G 4053(2008)より〕

鋼種 合金元素の種類と添加量(%)
名称 記号 種類 Mn Cr Ni Mo Al
マンガン鋼 SMn 4 1.20~1.65 0.25以下
マンガンクロム鋼 SMnC 2 1.20~1.65 0.35~0.70 0.25以下
クロム鋼 SCr 6 0.60~0.85 0.90~1.20 0.25以下
クロムモリブデン鋼 SCM 11 0.30~1.00 0.90~1.50 0.25以下 0.15~0.45
ニッケルクロム鋼 SNC 5 0.35~0.80 0.20~1.00 1.00~3.50
ニッケルクロムモリブデン鋼 SNCM 11 0.30~1.20 0.40~3.50 0.40~4.50 0.15~0.70
アルミニウムクロムモリブデン鋼 SACM 1 0.60以下 1.30~1.70 0.25以下 0.15~0.30 0.70~1.20
2.機械構造用合金鋼

機械構造用合金鋼とは、0.12~0.50%の炭素のほかに表2に示すような種々の合金元素を適量添加したもので、添加した合金元素の種類によってJIS記号は異なります。例えば、CrとMoを含有するものは、クロムモリブデン鋼と称してSCMの記号で表示します。その記号の後に一桁の主要合金元素量を示すコード(2、4、6、8)、二桁の炭素量の代表値の順に、三桁の数字が続きます。例えば、SNCM439であれば、合金元素量コードは4で、炭素量の中間値は0.39%のニッケルクロムモリブデン鋼です。

合金元素の添加は鋼の性質に多大な影響を及ぼしますから、使用する際には炭素量とその合金元素の種類や量が選定目安になります。例えば、高い硬さが必要なときはC量の多い鋼種を選び、高いじん性が必要なときはC量が少なく、NiやMnを含有する鋼種が有利です。また、窒化処理に有効な機械構造用合金鋼として、アルミニウムクロムモリブデン鋼(SACM645)が規定されています。この鋼種は、CrおよびMoとAlの相乗効果によって窒化処理後の表面硬さが1000HVにも達するため、別名窒化鋼とも呼ばれています。

表3 機械構造用合金鋼とH鋼との成分比較

種類 化学成分(%)
分類 記号 C Mn Ni Cr Mo
マンガン鋼 SMn438 0.35~0.41 1.35~1.65 0.25以下 0.35以下 -
SMn438H 0.34~0.41 1.30~1.70 0.25以下 0.35以下 -
クロム鋼 SCr435 0.33~0.38 0.60~0.90 0.25以下 0.90~1.20 -
SCr435H 0.32~0.39 0.55~0.95 0.25以下 0.85~1.25 -
クロムモリブデン鋼 SCM435 0.33~0.38 0.60~0.90 0.25以下 0.90~1.20 0.15~0.30
SCM435H 0.32~0.39 0.55~0.95 0.25以下 0.85~1.25 0.15~0.35
ニッケルクロム鋼 SNC631 0.27~0.35 0.35~0.65 2.50~3.00 0.60~1.00 -
SNC631H 0.26~0.35 0.30~0.70 2.45~3.00 0.55~1.05 -
3.焼入性を保証した構造用鋼

焼入性を保証した構造用鋼とは、化学成分はあまり重視しないで、焼入れした際の表面硬さだけでなく、内部への硬さの推移まで保証したものです。主な用途は肉厚の大型部品です。鋼種記号は、機械構造用合金鋼の記号の末尾にH(焼入性:Hardenabilityの頭文字)を付けて表すため、通称H鋼とも呼ばれています。H鋼はこの硬さ推移曲線のほうを重視していますから、表3からも明らかなように、同一の機械構造用合金鋼に比べて、CおよびMnをはじめ、個々の重要な合金元素の許容範囲が広くなっています。

4.冷間圧造用鋼

冷間圧造用鋼とは、主にボルトやナットなど冷間圧造によって製造される機械部品に使用する線材です。JISでは、第1部:線材と第2部:線の二本立てで構成されており、第1部では主に化学成分を、第2部では主に硬さや機械的性質を規定しています。

冷間圧造用炭素鋼は、第1部での記号はSWRCHであり、第2部での記号はSWCHです。これらの記号に続いて炭素量を表す数字、数字の後にリムド鋼(R)、アルミキルド鋼(A)またはキルド鋼(K)を区別するための記号が付加されています。例えば、SWRCH15Aであれば、0.13~0.18%の炭素を含有するアルミキルド鋼、SWRCH15Kであれば同じ炭素量のキルド鋼、SWRCH15Rは同じくリムド鋼です。

第2部では個々の材質について、加工工程(D工程、DA工程)による機械的性質を規定しています。なお、D工程とは、線材を冷間加工によって仕上げることで、DA工程とは、線材を冷間加工→焼なまし→冷間加工で仕上げるか、または線材を焼なまし→冷間加工で仕上げることです。ただし、DA工程では、図1に示すように、セメンタイト(Fe3C)を球状にして冷間成形性を向上させるために、球状化焼なましがよく行われています。

冷間圧造用炭素鋼の他に、焼入性向上のために極微量のボロンを添加した冷間圧造用ボロン鋼、機械構造用合金鋼鋼材の記号の後ろにRCH(線材)またはHRCH(線)を追記した冷間圧造用合金鋼もあります。これらは、球状化焼なまし材を使用する場合が多いため、JISには球状化組織の程度としてNo.1~No.3が付図されています。

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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