溶接の基礎講座
本連載では「溶接」について、金属が接合するメカニズムから溶接の種類、また溶接の仕方まで、現場で使える知識をご紹介していきます。
2-11 ガス溶接とガス切断について
電極材料であるワイヤの溶ける量が多い半自動アーク溶接では、溶接姿勢によりプールの溶融金属の挙動が変化するため、姿勢に合わせ溶接条件の設定やトーチ操作を適正に行う必要があります。
炭酸ガス半自動アークによる下向き姿勢の溶接では、例えば1.2mm径ワイヤの場合、75~350Aといった広い電流範囲で条件が選択できます。 なお、使用するワイヤの最大電流は電流調整目盛りを大きくしても電流が上がらなくなる条件が、最小電流はアークが安定に維持できなくなる条件が目安となりますが、実作業ではカタログ等に記載されている条件範囲を参考にすると良いでしょう。 また、上限に近い条件で溶接するような場合は、1ランク太い径のワイヤを使用することが推奨されます。
図11-1が、下向き溶接での溶接姿勢です。ひじを肩の高さまで上げ、溶接トーチを上下させることなく水平に移動できるよう構えます。さらに、トーチ保持角やワイヤ突出し長さの変化を生じさせないよう、ヘルメットの利用で空いた片手をトーチに添えてやると良いでしょう。

図11-1 下向き溶接での溶接姿勢
図11-2は、各種板厚軟鋼板の炭酸ガス半自動アーク溶接による下向き突合せ溶接でのトーチ操作例をまとめて示したものです。異なる開先状態に合わせ、図のような異なるパターンのトーチ操作で溶接が行われています。 これらのトーチ操作パターンを整理すると、ノコギリ歯状のギザ操作(板厚9mm、12mmの第2層溶接のような操作)と、らせん状に動くグリ操作(板厚18mmの第2層溶接のような操作)に大別されます。 ギザ操作では基本的に止端止めが行われますが、グリ操作では止端止めのない連続的な動きの操作となります。特に、深い開先に多い量のワイヤ溶融金属を盛り込むような溶接では、グリの操作が融合不良欠陥を発生させない溶接に有効となります。

図11-2 下向き突合せ溶接でのトーチ操作
立向き姿勢で上進溶接すると、溶融金属は重力で垂れ、アークは溶融金属を介さず直接母材を加熱することとなります。その結果、大きい電流条件では、母材をえぐるように溶融し極端な凸形ビードや不連続ビードとなります。 したがって、この溶接の場合、例えば1.2mm径のワイヤでは75~135A程度の小電流で溶接することが必要です(立向き下進溶接では、下向き溶接の場合と同じ広い電流範囲で条件が選択できますが、電流の大きい場合は溶融金属の垂れを発生させない速い速度で下る必要があります)。
図11-3が立向き溶接での溶接姿勢で、トーチを同じ保持状態で楽に上下できるような姿勢をとります。

図11-3 立向き溶接での溶接姿勢
図11-4は、立向き上進溶接での代表的なトーチ操作例です。この溶接では溶融金属の垂れを生じさせないような小電流で溶接するため、溶接する開先面を確実に溶融させるため、この開先面をアークでトレースするような操作で溶接します (そのため、開先状態に合わせた図中のパターンのトーチ操作が必要となります)。 なお、下進溶接では、溶融金属の垂れを生じさせないため、高速度で下るストリンガーの溶接で行います(ただ、それでも溶け込みは得られ難く、強度の求められる厚板の溶接には推奨されません)。

図11-4 立向き突合せ溶接でのトーチ操作
横向き溶接での溶接条件は、下向きと立向きとの中間の電流条件が目安です(溶接姿勢は、立向きの場合と同様の姿勢で、トーチを水平に平行移動できるよう構えます)。 なお、2層以降を多パスで溶接する場合の1パス目の溶接は、自分自身の溶融金属の垂れを防ぐとともに2パス目以降の溶融金属の垂れも防ぐよう、図11-5のような状態に溶接します。 したがって、1パス目の溶接は、低めの電流でストリンガーもしくは小さなグリの操作で溶接を行います。また、2パス目以降の溶接は、残った開先を埋め切れるよう少し傾けたグリ操作を過剰にならない程度の振り幅で行います。

図11-5 横向き突合せ溶接での溶接状態
『溶接の基礎講座』の目次
第1章 溶接の基礎
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1-1接合方法の種類についてものづくりにおける組み立て手段としての接合方法には、締結部品であるボルトやリベットなどを利用して接合される機械的接合法、溶接やろう付けなどの金属材料の持つ特性を利用して接合する冶金的接合法、そして各種接着剤を利用する接着剤接合法があります。
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1-2金属材料の成り立ちと特性溶接は、2つの金属を加熱して溶かし、その後冷却して固めることで2つの材料を接合、一つの部材にします。
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1-3溶接の接合メカニズム金属を加熱すると、材料は熱膨張で長くなります。
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1-4ひずみが発生する原因とひずみ取り溶接組み立て品の寸法精度不良は、溶接によって発生する変形(溶接ひずみ)や溶接時のセッティング不良などが原因となります。
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1-5ひずみ対策と製品の高精度化溶接によるひずみの発生は、材料や製品形状、部材としての加工状態などによって個々に違います。
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1-6溶接作業における安全対策ガスやアークなど高温の熱源を使用し、金属が溶ける温度状態で切断や溶接の作業を行う場合の共通的な安全上の問題として、①高温の熱源から放出される赤外線や紫外線による目や皮膚の障害
第2章 溶接方法と溶接材料
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2-1ガス溶接とガス切断ボンベに充てんされたプロパンやアセチレンなどの可燃性ガスと酸素を混合して燃焼させ、得られる高温のガス炎は、金属を溶かして接合、溶断(金属を溶かして切断することから溶断と呼びます)するのに利用されます。
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2-2溶接用熱源としてのアークについて一般に最も広く利用されている溶接の熱源が、「アーク」です。アークは、その形状や電流、電圧条件を変化させることで、目的の溶接に見合った熱源に容易に制御できます。こうしたことから、アークは、幅広い材料や製品の溶接に利用されるのです。
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2-3TIG溶接と溶接装置の設定作業ティグ(TIG)溶接は、融点の高いタングステン電極と母材との間にアークを発生させ、このアークで溶かした金属をアルゴンなどの不活性ガスで保護しながら溶接します。
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2-4TIG溶接トーチ、タングステン電極の設定TIG溶接における溶接トーチ、タングステン電極は、その取り扱いにより作業性や溶接品質が強く影響されます。したがって、その取り扱いや設定には、十分な注意と確認が必要です。
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2-5TIGパルス溶接についてTIG溶接は、溶接部の冶金的な特性や溶け込み特性の両面で高品質の溶接結果が得られやすく、近年、各種材料の溶接に広く利用されています。
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2-6TIG溶接における溶接棒の添加作業TIG溶接による開先内肉盛り溶接などでは、作業者は、熱源と切り離された溶接棒をプールに挿入して棒の先端部を溶融させ溶着金属を形成させます。
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2-7半自動アーク溶接とその溶接半自動アーク溶接は、0.4~1.6mmといった細い径のワイヤをモーターで自動的に送り出す溶接法の総称です。
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2-8半自動溶接でのシールドガス及び溶接ワイヤの選択ミグ(MIG)、マグ(MAG)溶接など細径ワイヤを自動的に送給しアークやプールをシールドガスで保護する半自動アーク溶接では、使用するワイヤとシールドガス、 溶接条件によってワイヤ先端に形成されるワイヤ溶融金属が母材プールに移行していく現象(以後、移行現象と呼びます)などが変化し、使用できる作業も変化します。
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2-9半自動アーク溶接の設定条件半自動アーク溶接における溶接条件の設定は、一般的な溶接条件表を頼るような方法は余り推奨できません。
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2-10半自動アーク溶接でのトーチ保持角の設定半自動アーク溶接では、設定した電圧(アーク長さ)条件はほぼ一定に保たれます。
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2-11各種姿勢での半自動アーク溶接作業電極材料であるワイヤの溶ける量が多い半自動アーク溶接では、溶接姿勢によりプールの溶融金属の挙動が変化するため、姿勢に合わせ溶接条件の設定やトーチ操作を適正に行う必要があります。
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2-12ステンレス鋼のミグ、マグ溶接についてステンレス鋼の半自動溶接では、ソリッドワイヤ使用のミグ溶接とフラックスワイヤ使用のマグ溶接が利用できます。
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2-13アルミニウムのミグ溶接についてアルミニウム材料の高能率溶接は、ミグ半自動アーク溶接で可能となります。この溶接で比較的利用範囲の広い、小~中電流条件の溶接作業では、パルス電流制御の利用が推奨されます。
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2-14ろう材の選択とトーチろう付け作業のポイントろう付け(ろう接)は、ハンダ付け作業で行うように母材となる銅線は溶かさず、この固体の銅線の間の隙間に低い温度で溶融するろう材(ハンダ)を液体状態にして流し込み接合する方法です。
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2-15トーチろう付け作業とアークろう付け作業人の作業状態がろう付け結果を左右する手動トーチろう付け作業では、(1)接合部の清浄及びフラックスの塗布、(2)接合部と周辺の均一加熱、(3)フラックスが溶融して活性状態となる適正ろう接温度で、ろう材添加、(4)接合面全体にろう材が均一に行きわたるための加熱操作、(5)適正ろう付け状態の確認と加熱の停止、ろう付け部の冷却、(6)残留フラックスの除去と接合部の清浄、の手順で作業を行います。
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2-16被覆アーク溶接の特徴と作業上の安全対策被覆アーク溶接は、母材材質に合わせた溶接棒を使用すれば、各種材料を手軽な装置で比較的高品質に溶接できることから、これまでの溶接作業の主力として広く利用されてきました。
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2-17被覆アーク溶接棒の選び方被覆アーク溶接では、電極となる溶接棒が溶けて母材に移行し、母材の溶融した金属とともに溶接金属を形成することから基本的には母材の成分に近い成分の溶接棒を選びます(例えば、母材が軟鋼であれば軟鋼用棒、ステンレス鋼の場合はステンレス鋼用棒、銅の場合は銅用棒を選びます)。
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2-18アークの発生と安定維持作業被覆アーク溶接では、遮光用ヘルメットなどで顔を覆った真っ暗やみの中での作業となり、しかも溶接開始時のアークを発生させるための溶接棒と母材面との接触で発する「バチィ」の音、 まぶしいアーク光で驚き、次の動作に移れなくなります
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2-19各姿勢での被覆アーク溶接作業被覆アーク溶接による各姿勢での溶接作業においては、プール溶融金属の挙動に加え溶融スラグの挙動を考慮した条件設定、熱源操作が必要となります。
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2-20直流被覆アーク溶接について最近の小型・軽量化が進められた被覆アーク溶接機では、従来機に比べ低電流条件での使用が難しく、適用できる作業範囲がせばまる、などの問題点が指摘