化学製品・高分子製品の基礎講座

私たちは、あらゆるところで多種多様な「化学製品」に囲まれています。 それらの化学製品、あるいは化学物質について、知っておくべきこととは何か。 本連載では、製品の成分や仕様説明に記載されている化学物質、高分子材料について理解できるよう、 化学製品の基礎知識をご紹介していきます。
第1章 化学製品を理解するための基本

1-6 有機溶剤の用途と種類

有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があります。

表1

溶剤 製品構成成分 化粧品、香料、塗料、接着剤
噴霧剤 スプレー殺虫剤、スプレー塗料、ヘアスプレー
製造工程で使用 反応溶媒、抽出溶剤、蒸留用溶剤、加工用溶剤
洗浄剤 ドライクリーニング、金属脱脂、 LSI製造工程の洗浄溶剤
可塑剤 軟質塩化ビニル用
熱媒、冷媒 熱交換媒体
電解液 リチウムイオン2次電池など

最も身近な用途としては、化学製品の構成成分があります。化粧品には水のほかエチルアルコール(化粧水)、アセトン(マニキュア)などの溶剤がよく使われます。香料はほんの少量使えば良いので、多くの場合、香料をエチルアルコールに溶解した形で製品化されています。 化粧品や香料のように、身体に入る可能性のある用途では、溶剤の安全性が重要なので、エチルアルコール、中でも発酵法のエチルアルコールがよく使われます。接着剤や塗料も、使用時に溶剤の匂いがすることに気が付くことがあると思います。 このほかの身近な溶剤の用途としては、スプレー製品に溶剤が使われていることに気が付くと思います。

化学工場では、反応工程において反応物を溶剤に溶かして反応させることがよく行われます。そのほかに天然物から香料や医薬品成分などを抽出し、また抽出蒸留、共沸蒸留などの蒸留操作においても適切な溶剤は不可欠です。 アクリル繊維は、ポリアクリロニトリルを溶剤に溶解した後、溶剤を除去しながら紡糸して製造されます。ポリアクリロニトリルが開発された当初は適切な有機溶剤がなく、濃硝酸を使用するなど苛酷な条件で紡糸されましたが、ポリアクリロニトリルを溶解する溶剤が開発されてアクリル繊維は普及しました。 このように高分子の成形加工に不可欠な溶剤もあります。

化学工場以外では、溶剤は洗浄剤としてよく使われます。機械工場での切削などの金属加工時には、冷却・潤滑用に多量の油が使われるので、次の工程に送る前には、この油を除去する洗浄操作(脱脂)が欠かせません。 このほか半導体集積回路の製造工程では、感光性樹脂であるレジストの塗布、回路パターンの感光、不要樹脂の除去という作業を何回も繰り返すので洗浄が欠かせません。

溶剤には、以上のような溶解するという用途のほかにも様々な用途があります。可塑剤は高分子の性質を変える溶剤です。塩化ビニル樹脂は、下水道パイプに見られるように本来は非常に硬い樹脂です。塩化ビニル樹脂に同量程度の可塑剤を加えると、農業用ハウスフィルム、食品用ラップフィルム、 合成レザーのカバン・靴などに見られるような柔らかい製品になります。可塑剤は高分子を溶解している高沸点の溶剤と考えることもできます。しかし、すべての高分子に適当な可塑剤があるわけではありません。可塑剤は塩化ビニル樹脂、セルロースエステル、ゴムなどだけに使われますが、特に塩化ビニル樹脂には大量に使われています。 軟質の塩化ビニル樹脂を使っている際に他のプラスチック製品と張り付いてしまったり、 炎天下で長時間使っているうちに軟らかだった製品がパリパリの状態になったりすることがあります。可塑剤の移染・色移りや揮発という問題です。 また、軟質塩ビ製品に粘着テープなどの粘着剤が触れると可塑剤が移染して粘着力が著しく低下することがあります。このような点は軟質塩ビ製品を使う際に注意しなければなりません。

熱媒、冷媒は、装置を加熱・冷却したい時に外部の熱源との間で熱を移動させるために使われる流体です。熱媒、冷媒はほとんど知られない用途ですが、1968年に起こったカネミ油症事件は、過熱しすぎて分解した熱媒が加熱管から食用油に漏れ出して汚染したことが原因でした。

電池は電極と電解液から構成されます。電解液は電極間でイオンを移動させる道となる重要な役割を果たしています。マンガン乾電池をはじめとして昔からの多くの電池は水溶液を電解液に使ってきました。充放電を繰り返す2次電池では約1.2V以上にすると電解液が分解されてしまいます。 1.2V以上の電圧を出す電池を構成するには、その電圧で分解しない電解液が必要です。その際に使われるのが有機溶剤です。リチウムイオン2次電池の電解液には、エチレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネートなどが使われています。欠点は可燃性なので異常過熱状態になった際に火災の危険があることです。

次に有機溶剤の種類と溶剤選択の目安を述べます。溶剤には表のように大きく分けて2種類があります。非極性溶剤と極性溶剤です。分子内で電子の偏りがある溶剤が極性溶剤です。なお、有機溶剤ではありませんが、水はかなり強い極性溶剤です。

表2

非極性 非芳香族炭化水素 ヘキサン、シクロヘキサン、石油エーテル、流動パラフィン
芳香族炭化水素 ベンゼン、トルエン、キシレン
極性 アルコール メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、グリセリン
ケトン アセトン、MEK、MIBK
エーテル ジエチルエーテル、THF
エステル 酢酸エチル、酢酸ブチル
塩素系 塩化メチレン、トリクロロエチレン、パークロロエチレン、クロルベンゼン
強い極性 MF、DMSO、エチレンカーボネート、N-メチルピロリドン

溶かしたい物質(低分子、高分子)にも極性の強いものと極性の弱いものがあります。一般に非極性の物質は非極性の溶剤に溶解しやすく、極性の物質は極性の溶剤に溶解しやすいので、これが溶剤選択の目安になります。「水と油」が混じり合わないものの例になる通りです。石油系潤滑油や油脂のような大きなアルキル基を持つ物質は、 水のような極性溶剤には溶けず、ヘキサンのような非極性の溶剤にはよく溶けます。しかし、ヘキサンは可燃性が高いので、ドライクリーニングや脱脂では可燃性の低い塩素系溶剤が使われています。この場合、極性の強い官能基を持っていても、分子の対称性などによって極性がそれほど大きくない溶剤もあるので、上記の目安を一律に適用することはできません。

高分子を溶解する溶剤を探すことが必要になることがあります。その際には上記目安が参考になります。たとえばポリエチレンや天然ゴムを溶解する溶剤を選ぶならば非極性の溶剤となります。もう少し理論的に選択したい場合には溶解パラメータ(SP値)があります。 SP値の近い溶剤と高分子は良く溶け合うという経験則があるので、SP値は溶剤選択の目安になります。

執筆: 日本化学会フェロー 田島 慶三

『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次

第1章 化学製品を理解するための基本

第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制

第3章 化学製品の基本

第4章 高分子製品を理解するための基本

第5章 主要な高分子材料の種類と特長

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