化学製品・高分子製品の基礎講座

私たちは、あらゆるところで多種多様な「化学製品」に囲まれています。 それらの化学製品、あるいは化学物質について、知っておくべきこととは何か。 本連載では、製品の成分や仕様説明に記載されている化学物質、高分子材料について理解できるよう、 化学製品の基礎知識をご紹介していきます。
第4章 高分子製品を理解するための基本

4-9 透明性

物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。一方、可視光をすべて通過させる物質は透明になるはずですが、物質内に結晶が乱雑な向きに多数生成していると光の通過が妨げられて透明でなくなります。

人類が古くから使ってきた材料の中で透明性のあるものはごく限られていました。その代表は無機物(二酸化ケイ素が主体)のガラスです。美しい飲料容器(ワイングラス、ビン)や建物の窓に使われる板ガラスは西南アジアやヨーロッパでは広く使われてきました。板ガラスは建物の保温性を損なわずに明り取りができる材料としてローマ時代から重要でした。日本でも奈良時代からガラスは知られていましたが、広く使われるようになるのは、ずっと遅れて明治時代です。現在では、ガラスは板ガラスやビンのような大量用途ばかりでなく、レンズ、光ファイバーなど非常に高い透明性が求められる用途に不可欠な材料としても広く使われています。後で述べる高分子の中で最も透明性が高いメタクリル樹脂でも、高性能な石英ガラスの透明性にはるかに及ばないために、通信用の長距離光ファイバーにはガラスが、自動車内や電子機器内のような短距離光ファイバーには高分子が使われています。ガラスは高温では均一な透明な液体ですが、冷却しても結晶が生成せず、均一な状態を保ったまま固体になっています。このような物質を非晶質と言います。ガラスは非晶質なために透明なのです。

一方、ガラスに比べると量的にははるかに小さくなりますが、ダイヤモンドや水晶などの無機物の透明な結晶も装飾用の材料として古代以前から利用されてきました。現在ではこれらは高価な装飾用材料としてだけでなく、多くの透明な酸化物結晶が開発され、光学結晶としてレーザーなどのフォトニクス分野をつくり上げています。ダイヤモンドや水晶、様々な光学結晶物質は、ガラスと異なって大きな一つの結晶になっているために透明になります。

さて、高分子の透明性に話を絞ります。タンパク質や炭水化物などの古くから使われてきた天然高分子は透明な材料として利用できなかったのですが、19世紀後半以後、天然高分子を化学的に変性した高分子や合成高分子が開発されるようになると透明な高分子や高分子製品が多数生まれ、現在では透明性は高分子材料の特性のひとつに数え上げられるほどになりました。このお蔭で現代では透明な材料が簡単に使えるようになっています。

19世紀後半から利用されてきた透明な高分子材料としては、写真用フィルムや映画用フィルムに使われたセルロイド(硝酸セルロース)があります。写真は感光性材料を塗ったガラス板から始まりましたが、ガラスから透明なセルロイドフィルムに変わったことによって巻取型の写真フィルムが実現し、写真は一挙に大衆化したと言えましょう。映画のような動画は巻き取ることができる高分子製のベースフィルムができたから誕生した製品です。ただし、セルロイドのこれらの用途は1950年代以後アセテート(酢酸セルロース)に変わりました。セルロイドには燃えやすい欠点があるためです。

た不透明なパルプや綿くずからビスコースを経てつくられるセロファンは、食品などを包む透明包装フィルム(袋も含む)という大きな用途を20世紀初頭に開拓しました。その後、軟質ポリ塩化ビニルやポリ塩化ビニリデンのラップフィルム、低密度ポリエチレンフィルム、透明性・光沢性に優れたOPPフィルム(二軸延伸ポリプロピレンフィルム)、ナイロンフィルムなどの大型の高分子製品がこの用途から続々と生まれました。

1900年代に世界で最初につくられた合成高分子であるフェノール樹脂は、本来は透明なのですが、黄変しやすく透明な用途に使うことは不可能でした。しかし、1920~30年代に生まれたポリ塩化ビニル、メタクリル樹脂(ポリメタクリル酸メチル)、ポリスチレンは透明性が高く、しかも比較的硬い高分子なので、もっぱらガラスや金属、木材などが使われてきた用途(ビン、箱などの容器や筐体、板など)に軽量性や成形加工性の良さも生かして浸透しました。さらに1950~60年代にはPETやポリカーボネートなどの透明な高分子が生まれ、この分野に入ってきました。CDやDVDはレーザー光によって情報を読み取りますが、レーザー光を通す透明性ばかりでなく、デジタル情報となる微小な凹凸をつくり出す成形加工性の良さと落としても割れにくい耐衝撃性の良さから、素材としてはもっぱらポリカーボネートが使われています。

高分子には、今まで例示した透明な高分子のほかに白濁している高分子もたくさんあります。たとえば濡れものなどを自分で処置するために、半透明の高密度ポリエチレン製極薄フィルムの袋(厚巻き)をスーパーで見かけます。あるいは半透明の衣装ケースもあります。もっと不透明な高分子もあります。透明な高分子と半透明、不透明な高分子の違いは何から生まれるのでしょうか。それは高分子の結晶の有無とその大きさです。

4-8で説明したように熱可塑性高分子には非晶性高分子と結晶性高分子があります。非晶性高分子は全体が非晶質(ガラス状態)なので透明になります。無機物のガラスと同じ原理です。一方、結晶性高分子は溶融して成形加工した後、冷却されると高分子鎖同士が並列して結晶化した部分が生まれます。ただしすでに述べたダイヤモンドのように全体が結晶化するわけではなく非晶質部分が相当に残ります。乱雑な方向を持った結晶部分で光が吸収されたり乱反射されたりするために結晶性高分子は透明性が低下します。

では、非晶性高分子と結晶性高分子が生まれる要因は何でしょうか。それは高分子鎖同士の相互作用が強い分子構造を持つか否かです。透明な高分子を得るには鎖同士の相互作用を弱くして非晶性高分子にすることが必要です。そのための一つ目の方法が高分子鎖に大きな置換基を付けて、高分子鎖を並びにくくすることです。図に示すエチレン基に大きな置換基が付いたポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリメタクリル酸メチルはこの例です。

大きな置換基を持つために高分子鎖同士が配列しにくい高分子の例

二つ目の方法は高分子鎖に枝分かれを多くつくることです。枝が邪魔して高分鎖の結晶をつくりにくくなります。図に示す低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレンが該当します。

分子構造に枝分かれがあるために高分子鎖が配列しにくい高分子の例

三つ目の方法は高分子鎖が曲がった分子構造にすることです。曲がった高分子鎖では高分子鎖が並びにくく、結晶しにくくなります。図に示すポリカーボネートはこの例です。

高分子鎖が曲がった分子構造のために高分子鎖が配列しにくい高分子の例

一方、ポリプロピレン、PET、ナイロンのような結晶性高分子でも透明な成形加工品をつくることができます。成形加工の際に高分子の結晶をつくりやすくする結晶核剤(造核剤)(ソルビトール系物質など)という添加剤を加えると、可視光の波長以下の大きさの微細な結晶がたくさんでき、大きな結晶に成長できなくなります。このために透明性が高まります。

なお、熱硬化性高分子は分子鎖が架橋されているので結晶をつくることができません。したがって原理的には透明な高分子になるはずですが、変色対策や強度を高めるために顔料や充填材を加えることが多く、透明性を活用することはほとんどありません。メラミン化粧板のように絵模様を印刷した化粧紙に樹脂中間物を含浸させてから硬化・架橋させ、絵模様が見えるようにした使い方程度が、熱硬化性高分子の透明性の活用です。

執筆: 日本化学会フェロー 田島 慶三

『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次

第1章 化学製品を理解するための基本

第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制

第3章 化学製品の基本

第4章 高分子製品を理解するための基本

第5章 主要な高分子材料の種類と特長

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