化学製品・高分子製品の基礎講座
5-12 汎用合成ゴム
ゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。材料に力を加えると材料は少し変形し、力を除くと元に戻ります。これが弾性です。弾性を示す範囲は、元の材料の長さに比べて、金属で1~2%、プラスチックで10%程度までですが、ゴムは数100%にもなります。弾性範囲以上の力を加えると、材料は塑性変形から破壊に至ります。
ゴムの弾性は、ゴム分子が直鎖状で長く、しかも柔らかくて丸まっていることに起因します。力を加えると図のように丸まった分子が引き伸ばされます。さらに力を加えると分子同士がずれてしまい、力を除いても元の長さに戻らなくなります。これが塑性変形です。ゴムは分子同士がずれないように、分子同士を少しつなぎます。これを加硫、架橋と呼びます。架橋は4-4ゴム薬品の項で説明した加硫剤、架橋剤で行われます。架橋しすぎると熱硬化性プラスチックと同じようになってしまい、硬いプラスチック状の材料になってしまいます。
プラスチックが広く普及する以前には、天然ゴムに硫黄を大量に加えた硬い成形材料がエボナイトという名前で使われました。

ほとんどのゴムは、プラスチックと同じく有機高分子物質です。陶磁器、金属、木材、皮革、繊維など、人類が古くから使ってきた材料に比べて、ゴムは非常に新しい材料です。コロンブスがアメリカ・西インド諸島への2度目の航海を行った際に、ヨーロッパに持ち帰りました。15世紀末のことです。ところがそれから約250年間は面白い材料というだけでした。19世紀半ばに加硫が発明されて初めて弾性体という役に立つ材料になりました。合成ゴムが発明されたのは1909年です。天然ゴム、合成ゴムを含めてゴムの消費量の8割近くはタイヤとチューブです。ベルト、ホース、防振ゴム、パッキンなどの工業用ゴム製品も自動車に多く使われています。私たちに身近な輪ゴム、ゴム靴、ゴムボール、ゴルフボールなどは、ゴム全体の数%を占めるに過ぎません。ゴムは19世紀末以来、自動車と航空機とともに発展してきた材料と言えましょう。
ゴムの種類と分類を図に示します。ここで示すゴムは、加硫や架橋が必要なゴムに限定しています。加硫・架橋を必要としないゴムは5-14で述べます。

天然ゴムはタンポポを含めてさまざまな植物の樹液、乳液から得ることができます。しかし、産業化されているのはパラゴムの木です。天然ゴムはポリイソプレンから成る天然高分子です。20世紀後半に天然ゴムとまったく同じ分子構造、立体構造をもつイソプレンゴムが発明され、工業化されました。しかし、それから50年以上経った現在でも天然ゴムは合成ゴムに駆逐されることなく、世界のゴム消費量の約4割を占めています。天然ゴムは生産地が東南アジア地域に集中する農産品で、市況変動が激しい原料です。それにも関わらず、合成ゴムに押されずに健在である理由は、イソプレンゴムでは到達できないほど分子量が非常に大きいためです。航空機用タイヤや巨大なトラック用タイヤは天然ゴム100%でつくられます。
一方、合成ゴムは、大きくジエン系ゴムと非ジエン系ゴムに分けられます。ジエン系ゴムは、ブタジエン、イソプレン、クロロプレンのように共役二重結合をもつモノマーを使ってつくられます。共役二重結合は、図に示すように二重結合、単結合、二重結合が順番に並んだ結合です。図に示すように共役二重結合をもつモノマーは重合後もポリマーの主鎖(ポリマーの骨格部分)に二重結合が残ります。これを使って硫黄などで加硫することができるのです。半面、加硫後もすべての二重結合が加硫されるわけでなく、多くの二重結合が残るので、太陽光やオゾンによる劣化(ゴムの老化)の原因にもなります。ちなみに、天然ゴムはポリイソプレンなのでジエン系ゴムに属します。

ジエン系ゴムの中でも、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ブタジエンゴム(BR)、イソプレンゴム(IR)はタイヤに使われるので、生産量が他の合成ゴムに比べて格別に大きく、汎用ゴムと呼ばれます。
スチレンブタジエンゴムは、1930年代にドイツでブナSとして工業化された合成ゴムです。耐油性は天然ゴムに少し劣るものの、多くの性能において天然ゴムに匹敵し、天然ゴムに代替する合成ゴムとして最も大量に生産されています。SBRはスチレンとブタジエンのランダム共重合体で、長らく低温乳化重合によってつくられてきました。1960年代に溶液重合法が開発され、ブタジエン部分の立体構造制御や分子量分布制御なども行いやすくなりました。現在、乳化重合法(E-SBR)、溶液重合法(S-SBR)の両方の製品が販売されています。
ブタジエンゴムはブタジエンを重合したポリマーです。有機リチウム触媒を使うとシス-1,4結合が30%以下となり、5-3スチレン系樹脂の項で説明した耐衝撃性ポリスチレンHIやABS樹脂の原料になります。一方、チーグラーナッタ触媒を使うとシス-1,4結合が95%以上の立体規則性ポリマーとなり、耐摩擦性と低温特性に優れたポリマーとなります。BRは、タイヤに使われるのでSBRに次いで生産量の大きな合成ゴムです。最近はネオジム系触媒を使った超ハイシスBRが生産されるようになり、S-SBRとともに、低燃費タイヤの実現に貢献しています。
イソプレンゴムは、チーグラーナッタ触媒を使い、イソプレンを立体規則性重合させたポリマーです。化学者の長年の夢であった天然ゴムとまったく同じ構造のポリマーを1950年代半ばに実現しました。天然ゴムはイソプレンよりも高分子量ですが、半面加工性がよくないため、通常は素練りによって分子量を低下させる操作が必要です。イソプレンゴムは合成ゴムとして分子量調節されているので、素練りが不要です。
『化学製品・高分子製品の基礎講座』の目次
第1章 化学製品を理解するための基本
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1-1化学製品の構成モノタロウで販売している製品を化学の目から理解するための基礎講座です。
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1-2化学物質の名前化学製品の成分、すなわち化学物質の名前はカタカナが並んで訳がわからないと思っておられる方が多いと思います。
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1-3酸とアルカリ酸とアルカリは小学校、中学校、高校の理科で習っており、何を今さらと思われるかもしれません。
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1-4無機薬品の特徴と種類人工のものも含めると元素は110以上知られており、このうち安定に存在できる最大の元素は原子番号82、質量数208の鉛です。
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1-5有機薬品とモノマー医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品など、私たちの身の回りにある化学製品の多くは有機化合物です。
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1-6有機溶剤の用途と種類有機溶剤の用途を表に整理して示します。まず化学物質を溶解するという、字義通りの用途自体にも様々な使い方がある上に、そのほかにも様々な用途があ
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1-7界面活性剤の用途と種類界面とは物質と物質の境のことです。気体と固体、気体と液体の境は、通常は固体や液体の表面と呼んでいますが、界面のひとつです。
第2章 化学製品の利用に当って留意すべき法規制
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2-1化学製品における事故防止関係の法規制化学製品には、燃えやすかったり、有毒であったりと、知らないで使うと危険な物質が使われていることがあります
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2-2有害化学物質の安全規制火を使うことによって人類は他の動物からの攻撃や寒さを防ぐことができるようになったばかりでなく、食生活はもちろん、道具づくりにおいても大きく進歩しました。
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2-3化学物質の効能と安全の両方を求める規制化学物質の安全規制法の中には、化学物質を使用するからには必要とする性能を確保し、なおかつ安全性を厳しく要求するものがあります。医薬品、農薬、肥料などへの規制です。
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2-4環境保全を目指す法規制環境保全対策には、身近な公害対策、ごみ処理、自然環境保護から、地球規模の環境対策まで様々なものがあります。
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2-5化学製品における表示規制商品の購買者に正しい商品情報、しかも最低限必要不可欠な内容を伝えるために、様々な法律によって表示規制が行われています。
第3章 化学製品の基本
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3-1農薬の特徴と分類様々な化学製品について、その製品を理解するための基本知識を説明します。
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3-2化学肥料の特徴と分類田畑では育てた農作物が持ち出されるため、植物に必要な養分の自然循環ができません。
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3-3洗剤の特徴と分類洗剤は、図のように家庭用、業務用、工業用に分けられます。
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3-4塗料の特徴と分類塗料は、ものの表面を覆うことによって表面を保護し、また美観を与える化学製品です。
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3-5接着剤の特徴と分類接着剤は、ものの表面にくっついて、ものとものとを接合させる化学製品です。
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3-6印刷用化学品の特徴と分類ヨーロッパの歴史において中世から近世への開幕の主役は、羅針盤、火薬、紙と印刷でした。
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3-7染料・顔料の特徴と分類染料も顔料も色を付けるために使われる化学製品です。
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3-8試薬の特徴と分類試薬とは文字どおり「試験研究用薬品」のことです。
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3-9殺菌剤・消毒剤・抗菌剤の特徴と分類人間の目に見えない細菌、カビ、ウイルスなどは、食中毒や伝染病などの原因になる可能性があり、その対策は人類にとって長年の課題でした。
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3-10香料・消臭剤・脱臭剤の特徴と分類空気中を漂ってきた化学物質の分子が鼻の奥の嗅粘膜に溶け込んで嗅細胞が電気信号を発し、これが脳に伝達されて「におい」を感じます。
第4章 高分子製品を理解するための基本
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4-1高分子製品の構成高分子は、包装材料、日用品雑貨、衣料などの身の回り品から器具・機械の部品、土木建築材料、さらには漁船・プレジャーボート、航空機本体や翼のような大型製品にまで広く使われています。
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4-2高分子成形加工法多くの高分子製品は、フィルム・袋、繊維、シート、カップ・トレイなどの容器、管、板、部品などに成形加工されて使われます。
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4-3樹脂添加剤4-1で述べたようにプラスチック製品は、高分子だけから成っている訳ではありません。着色するために着色剤が加えられ、また発泡製品をつくるために発泡剤が加えられることは分かりやすい例です。
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4-4ゴム薬品4-5で説明しますが、ゴムの成形加工製品には加熱すると再度溶融するゴムと、加熱してももはや溶融も軟化もしないゴムがあります。
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4-5熱可塑性高分子、熱硬化性高分子すでに4-2で簡単に説明しましたが、高分子には熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。
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4-6高分子材料に期待される特性第4章の冒頭で述べたように合成高分子が現在のように幅広く使われるようになったのは20世紀後半からです。人類は文明の始まる以前から天然高分子を大量に使ってきました。
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4-7強度金属、セメント、ガラス、セラミックス、木材、高分子製品など様々な材料の力学的性質を比較する場合、強度(つよさ)は最も基本となる指標です。
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4-8耐熱性、耐寒性4-2で説明しましたように高分子は、その熱挙動や分子構造から熱硬化性高分子と熱可塑性高分子に分類できます。
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4-9透明性物質に光が入った時に可視光すべてを吸収して熱に変換する場合には透明になりません。金属が不透明なのはこれに該当します。
第5章 主要な高分子材料の種類と特長
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5-1ポリエチレンポリエチレンは、世界においても、日本においても、最も生産量・消費量の多い高分子材料です。
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5-2ポリプロピレンポリプロピレンPPは、プロピレンCH2=CH-CH3というガス状炭化水素を重合した高分子です。
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5-3スチレン系樹脂スチレン系樹脂はスチレンC6H5-CH=CH2を主成分とするプラスチックです。主要なスチレン系樹脂にはポリスチレン、AS樹脂(SAN)、ABS樹脂があります。
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5-4ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-5PET繊維・樹脂(A-PETも)ポリ塩化ビニルは塩化ビニルを主成分とするプラスチックです。塩化ビニル単独のポリマーが圧倒的に多くを占めますが、加工性や性能などを改善することを目的に酢酸ビニルやアクリロニトリルと共重合させたコポリマーも少量つくられています。
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5-6ナイロン繊維・樹脂ナイロンは1939年に最初の合成繊維としてアメリカのデュポン社によって工業化され、大成功を収めたので、合成繊維の王座をすでにポリエステル繊維に奪われたとは言え、現在でも合成繊維の代名詞になるほど有名です。
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5-7エンジニアリングプラスチック5-1から5-4で説明した汎用プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル)は耐熱性がおおむね100℃以下であるのに対して、耐熱性が100℃以上で、しかも強度が高い熱可塑性プラスチックをエンジニアリングプラスチックと言います。
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5-8ポリウレタンポリウレタンはウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子です。ウレタン結合はイソシアネート(-NCO)という非常に反応性の高い化合物群とアルコール(-OH)の反応によって生成します。
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5-9エポキシ樹脂エポキシ樹脂は、図に示すように高分子の両末端にエポキシ基をもつプレポリマーと硬化剤(ポリアミン、酸無水物、ポリアミドなど)を反応させて生成する網目状の分子構造をもつ熱硬化性高分子です。
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5-10アクリル樹脂(PMMA,アクリル繊維、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル)アクリル樹脂と呼ばれる高分子は、図に示す広義のアクリル系ポリマー全体を指すこともありますし、ポリアクリル酸エステルだけ、あるいはメタクリル樹脂だけを指すこともあります。
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5-11フッ素樹脂、ケイ素樹脂(含むシリコーンオイル)フッ素樹脂、ケイ素樹脂はともに1940年代前半に米国で工業化された古い高分子材料です。
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5-12汎用合成ゴムゴムはエラストマー(弾性体)とも呼ばれ、常温で著しく大きな弾性をもつ物質の総称です。
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5-13特殊合成ゴム特殊ゴムは、すべての非ジエン系ゴムとジエン系ゴムのうちブチルゴム(IIR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)が該当します。
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5-14その他の高分子材料(熱可塑性ゴム、スーパーエンプラ、機能性高分子)高分子材料には、今まで紹介した高分子以外にも多数あります。その中で、大くくりして重要なものを最後に3つ紹介します。