機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

2-5 焼入れと焼戻しの役割

(1) 焼入れ

焼入れの目的は二つあり、機械構造用鋼と工具鋼とでは異なります。機械構造用鋼に対する目的は、高い強度を付与することであり、焼入れ後に施す焼戻しとの組み合わせによって、要求される機械的性質を得るための前処理として位置づけられています。工具鋼に対する目的は、炭化物を固溶させて十分な硬さを得ることであり、焼入れの良否が最終的な耐摩耗性およびじん性を左右します。

炭素量の影響
焼入れによって生じるマルテンサイトの硬さは、加熱によってオーステナイト中に固溶した炭素量によって決まります。いいかえれば、炭素量が少ない鋼は焼入れによって高い硬さを得ることは不可能であり、炭素量が多いほど高い硬さが得られます。ただし、0.6mass%以上になると硬さ変化は小さくなり、鋼の最高焼入硬さは66~67HRC程度です。

加熱条件の影響
焼入れによって高い硬さを得るためには、必ず所定の温度に加熱してオーステナイト組織にしなければなりません。加熱温度は処理物の材質や要求される特性によって適正温度を選定します。適正温度より低い場合には炭化物の固溶が不十分なため、不完全焼入れになります。また、高すぎる場合にはオーステナイト結晶粒が粗大化しますから、じん性や延性の点で問題が生じます。

冷却条件の影響
高い焼入硬さを得るためには冷却速度は速いほど有利ですが、必要以上に速くすると焼割れや焼入変形を生じやすいため、鋼種によって適正な冷却剤や冷却方法を選定しなければなりません。共通的にはMs点までは速く冷却し、それ以下はゆっくり冷却することが理想です。

焼入れ冷却剤の種類と特徴

ガス(空気、N2、Arなど)・・・冷却材の中では最も冷却能が小さい。真空炉では、加圧冷却したりファンで強制冷却することによって、冷却能を大きくしている。

・・・最も冷却能が大きいが、温度が高くなると極端に冷却能が小さくなるので、30℃以下に保持する必要がある。

油1種・・・50~80℃で使用される一般の焼入(コールドクエンチ)用である。1号と2号があり、後者のほうが冷却能が大きい。

油2種・・・100℃以上の高温で使用される熱浴焼入(ホットクエンチ)用である。120℃位で使用される1号と160℃位で使用される2号があり、焼入ひずみの軽減には有効な冷却材である。

水溶性冷却剤・・・高分子化合物の水溶液(数%~30%)で、水よりも冷却能が小さく、油よりは冷却能が大きい。冷却速度は、濃度や液温の影響を受けるので、それらの十分な管理が必要である。

塩浴・・・硝酸系の塩浴で、150~400℃で使用される。水や油のような蒸気膜段階がないので焼きむらが生じにくく、油よりも若干冷却能が大きい。マルクエンチやオーステンパーの冷媒としてもよく利用されている。

焼入れ冷却剤としては、上記に示すように、ガス、水、油、水溶性冷却剤、塩浴があり、それぞれ特有の特徴を持っていますから、鋼種や形状・寸法などによって使い分けます。

図1 SUP6の硬さ分布に及ぼす焼入冷却剤の影響

図1 SUP6の硬さ分布に及ぼす焼入冷却剤の影響

図1は直径25mm、長さ50mmのバネ鋼(SUP6)について、種々の冷却剤で焼入れしたときの表面硬さと中心部までの硬さ分布を示したものです。表面硬さ、中心部硬さとも水冷したときに最も高い値が得られており、ついで塩浴、油の順に得られる硬さは低くなっています。この現象は冷却剤の冷却能の差を反映しているものであり、表面硬さと中心部硬さの差は材料の焼入性の違いによるものです。なお、詳細は次章で説明します。

(2) 焼戻し

一部の例外を除いて、焼入れした鋼は焼戻しによって所定の性質を得るべく焼戻条件を調整します。焼戻しの目的は鋼種や処理物によって異なりますが、焼入れしたままのものよりも大幅にじん性が改善されることは共通の現象です。

焼戻温度は、その目的に応じて100~200℃の低温領域、または400~650℃の高温領域が用いられており、前者は低温焼戻し、後者は高温焼戻しといいます。一般に、焼入れ焼戻しを実施する場合には、硬さ指定を行いその硬さが得られるように焼戻条件を設定します。その理由は図2に示すように、硬さが決まれば引張強さも推定できるからです。例えば、引張強さ1000MPaが必要であれば、焼入れ焼戻しによって320HV位にすればよいことが分かります。ただし、図3に示すように、機械的性質の種類によって硬さとの関係は様々ですから、処理品に要求される特性を十分に踏まえたうえで目標の硬さを決め、その硬さを得るべく適正な焼入れ焼戻し条件を設定しなければなりません。なお、機械構造用鋼の焼入れ焼戻しにともなう硬さや機械的性質の変化については、次章で詳細に説明します。

図2 硬さと引張強さの近似的関係

図2 硬さと引張強さの近似的関係

図3 金属材料の硬さと機械的性質の関係

図3 金属材料の硬さと機械的性質の関係

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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