機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第8章 機械部品の損傷と調査法

8-7 機械部品の破損事例(脆性破壊)

脆性破壊を生じる要因としては、硬質部品におけるエッジ箇所の存在、材料不良や熱処理不良、めっき時の水素の侵入、残留応力など種々のものがあげられます。脆性破壊は破損事故の中でも最悪の破壊現象ですが、破面検査や金属組織検査によって原因が判明しやすいので、比較的容易に対策を講じることができます。

破面の特徴は前回説明したように、ほとんど塑性変形を伴わないで粒界破面もしくはへき開破面を呈しています。本来延性破壊を生じるような軟質部品であっても、衝撃的な応力が負荷された場合には、クラックの発生初期やクラックの進展が速い箇所では脆性破面を呈しますが、その後は疲労破壊や延性破壊に移行します。

高強度が要求される部品に対しては、当然高い硬さが要求されますから、エッジの鋭い切欠き箇所の存在は絶対に避けなければなりません。使用中に部品に応力が負荷されると、エッジ箇所には応力が集中しますから、その部品の設計強度よりも低くなります。その強度低下に対する感受性は高硬度・高強度ほど敏感ですから、とくに注意が必要です。

図1は、SNCM439製フックにおいて、使用中にエッジ箇所から破損した事例です。この場合の破面は全面において粒界破面を呈しており、脆性破壊であることは明らかです。SNCM439は本来強じん性を要求される際に利用される材質ですが、この場合の指定硬さは50HRCであり、しかもほとんどRのない直角エッジを有していることが問題です。しかも、金属組織は粗大マルテンサイトですから、対策としてはエッジ箇所の改善は当然ですが、熱処理条件や指定硬さも変更する必要があります。

図1 SNCM439製フックの折損事例

図1 SNCM439製フックの折損事例

図2は、破面全面において粒界破面と擬へき開破面の混合破面を呈した事例を示したものです。とくに焼入温度など熱処理条件の不具合が原因で脆化している場合には、使用中に早期破損しますから、大問題になります。例えば、図2に示したSK85製皿ばねの顕微鏡組織を図3に示すように、正常品の組織は微細なマルテンサイト生地中に粒状の未固溶炭化物が分散した良好な組織ですが、折損品の組織は粗いマルテンサイト組織を呈しており、しかも未固溶炭化物はほとんど観察されません。この組織の違いは焼入温度の差によるものと考えられ、折損品は適正温度よりもかなり高く、オーステナイト結晶粒も粗大化していることが予想されます。

図2 粒界破面と擬へき開破面の混合破面を呈した事例

図2 粒界破面と擬へき開破面の混合破面を呈した事例

図3 SK85製皿ばねの顕微鏡組織(エッチング:5%硝酸アルコール溶液)

図3 SK85製皿ばねの顕微鏡組織(エッチング:5%硝酸アルコール溶液)

図4に、SUS304製の水道水配管に生じた応力腐食割れ(SCC:Stress Corrosion Cracking)の事例を示します。SCCは、鉄鋼材料ではオーステナイト系ステンレス鋼製品で問題になることが多く、曲げ加工や溶接によって生じる引張残留応力、使用中に負荷される外部応力がある場合に、海水など塩素(Cl)イオンを含む水など腐食環境下で破壊する現象です。すなわち、SCCは、材料、引張応力(残留応力、外部応力)および腐食環境の三要素によって発生しますから、これらのうちの一要素でも排除できれば防止できるといわれています。

図4に示した損傷品の破面形態は明瞭な粒界破面を呈しており、クラックを生じた個所の断面顕微鏡組織からは結晶粒界に沿って、腐食とクラックが進展していることが分かります。しかも、材料は鋭敏化が進行しており、粒界腐食と同時にSCCに対する感受性が非常に敏感であることが分かります。この場合の改善策は、材料の残留応力の除去と鋭敏化の解消を目的として、最終工程にて固溶化熱処理を実施することです。また、ステンレス鋼の中でも、オーステナイト系ステンレス鋼はSCCに対する感受性が敏感ですから、二相系ステンレス鋼やフェライト系ステンレス鋼への材質変更も有効な手段です。

図4 SUS304製水道水配管に生じた応力腐食割れ

図4 SUS304製水道水配管に生じた応力腐食割れ

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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