機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第8章 機械部品の損傷と調査法

8-2 機械部品の破壊に及ぼす因子

金属製品の破壊に及ぼす因子としては、図1に示すように、金属製品自身の問題と使い方の問題があります。これらのうち単独因子が原因で破壊にいたる例は極めて少なく、その多くは複数以上の因子が絡み合っています。

図1 金属製品の破壊に及ぼす因子

図1 金属製品の破壊に及ぼす因子

金属製品自身の問題には、図2に示すように、設計上のもの、材料に関するもの、機械加工や金属加工に関するものがあり、これらの因子はすべてが致命的な破壊につながる恐れがあります。とくに、早期破壊に至った金属製品の多くは、設計上の不具合が破壊の最も大きな原因であり、それに他の因子が絡んでいます。

設計上の不具合が原因で破壊に至る例として、設計者の材料に対する認識不足、機械加工の容易さや加工コストおよび材料コストばかりを重視した設計によるものです。その中でも最も問題になるのは使用中に応力が集中するエッジ箇所の存在や、取付穴の位置に関する設計不良です。エッジ箇所の強度は、材料が本来持っている強度よりも低下することは周知の事実ですが、エッジ箇所の強度低下に対する感受性は高硬度・高強度のものほど大きいので、とくに注意しなければなりません。また、取付穴の位置は、製品の外周部までの距離に十分に余裕を持った設計が望まれます。

図2 破壊の原因になる金属製品自身の問題

図2 破壊の原因になる金属製品自身の問題

鋭角的なエッジ箇所が存在する場合には、焼入れする際に焼割れの原因にもなりますから、使用上は問題ない箇所でも極力避けなければなりません。また、エッジ箇所では微視的な焼割れの発生や運搬中の衝撃によるき裂発生なども考えられます。

一例として、図3にエッジ箇所および取付穴の改善例を示します。本図のように、エッジ箇所は許容範囲内でできるだけRを大きくすればエッジ効果を低減もしくは防止することができ、破壊に至るまでの寿命が大幅に向上します。改善前の取付穴の位置は製品の外周部に近いため、使用中の振動によって短期間で破壊を生じたもので、改善後のように十分に外周部からの距離を大きくすれば、この個所からの破壊は回避することができます。

図3 エッジ箇所および取付穴の改善例

図3 エッジ箇所および取付穴の改善例

材料の選定の問題は設計上の問題でもあり、使用条件に適した材料を選定しなければなりません。例えば鉄鋼材料の場合、機械部品の機械的性質を決定する主因は硬さであり、その値から機械的性質を推定することができます。そのため、機械部品の設計図面では必ず硬さを指定しており、その指定された硬さを得るべく熱処理が実施されることになります。すなわち、適正材料を確実に選定するためには、材料とその熱処理特性を十分に把握しておくことが必要です。

つぎに問題になるものは、非金属介在物と合金元素の偏析です。鉄鋼材料中に存在する非金属介在物にはA系(鍛伸方向に伸ばされた硫化物など)、B系(鍛伸方向に並んだ不連続の粒状酸化物など)、C系(不規則に分布する酸化物など)があり、その量、大きさ、分布状態が製品寿命に大きな影響を及ぼします。一例として図4に、粗大な非金属介在物の存在が原因と考えられる機械部品の破面を示します。明らかに、鍛伸方向に細長く伸ばされたA系介在物である硫化物(MnS)が多量に存在していることが分かります。MnSが存在しても鍛伸方向の強度にはあまり大きな影響を及ぼしませんが、本図のように多量に存在する場合には直角方向の強度が極端に弱くなりますから、この場合には材料の方向性まで加味して設計しなければなりません。また、酸化物系非金属介在物はほとんど塑性変形しないため破壊の起点になることが多く、しかも多量に存在すと材料の伸びや絞りを極端に低下させますから、早期損傷の引き金になることもあります。

図4 破面内に多量に存在する非金属介在物(硫化マンガン:MnS)

図4 破面内に多量に存在する非金属介在物(硫化マンガン:MnS)

合金元素は材料の特性を向上させるために添加されているものですが、その偏析が問題になることがあります。機械構造用合金鋼には、その種類によってMn、Cr、Ni、Moなどが添加されており、これらの合金元素は焼入性や靭性の向上に大きく貢献しています。しかし、これらが偏析すると逆効果になってしまい、例えば破壊の起点になったり靭性の点ではまったく効果がなかったりします。とくに太物に多い現象で、材料の中心部付近にCrやMoが偏析していたために早期損傷に至った事例もあります。

金属製品を製作する際の最終工程である機械加工や金属加工の際に、すでに損傷(初期損傷)している場合もあります。図2中にも示しているように、機械加工には切削加工や塑性加工が、金属加工には鋳造、溶接、熱処理、表面処理などがあり、個々の加工法に特有な初期損傷を生じる恐れがあります。初期損傷はマクロ的なものばかりではなく、ミクロ的なものや表面からは判別できない内部損傷のことも多いため、破壊事故が発生したために発覚するのが普通です。

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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