機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

7-4 窒化/軟窒化処理の種類と適用

窒化処理は、表1に示すように、工業的にはガス窒化から始まり、塩浴を用いる方法やプラズマを用いる方法など多くの方法が開発され、広範囲の分野で採用されています。

表1 窒化およびその関連処理の種類

処 理 法 窒化,軟窒化原料 主な効果
純窒化 ガス窒化 アンモニア(NH3)ガス 耐摩耗性
耐疲労性
耐焼付性
耐食性
プラズマ窒化 窒素(N2)+水素(H2)
[イオン窒化] NH3分解ガス
軟窒化 ガス軟窒化 NH3+吸熱型変成(RX)ガス
NH3+メタノール(CH3OH)分解ガス
固形尿素(CO(NH2)2)分解ガス
窒素ベース(N2+NH3+CO2)ガス
塩浴軟窒化 溶融シアン(CN、CNO)塩
酸窒化 ガス酸窒化 NH3+O(水蒸気、酸素、空気など) 耐焼付性
浸硫窒化 塩浴浸硫窒化 シアン塩(NaCNO、KCNO)+K2S 摺動性
ガス浸硫窒化 NH3+H2S、NH3+S錠剤

(1)ガス窒化:1923年に開発された方法で、アンモニアガス(NH3)中で加熱するものです。処理プロセスには、500~550℃で所定時間加熱する方法、500~520℃で十分に窒素濃度を高めた後550~600℃で拡散させる方法などがあります。

(2)プラズマ(イオン)窒化:図1に示すように、減圧した真空槽内で処理物を陰極(―)、炉体または別電極を陽極(+)とし、窒素(N2)+水素(H2)の減圧雰囲気にして数100Vの電圧を印可します。陰極側で生じたグロー放電中に存在するイオン(N+およびH+)が、陰極である処理物に高エネルギーで衝突します。処理物はイオン衝撃によって昇温し、同時にNはFeと反応してFe窒化物を生成し、さらには拡散して窒化が進行します。

図1 プラズマ(イオン)窒化の基本原理

図1 プラズマ(イオン)窒化の基本原理

(3)ガス軟窒化:窒素と同時に炭素を拡散浸透させる処理で、窒化の主な目的が耐摩耗性の向上であるのに対して、耐疲労性の向上を主目的としています。炭素も拡散させるために、一般的な窒化温度よりも高目の560~580℃(通常は570℃)で実施されます。一般的な雰囲気としてはNH3と浸炭性ガスの混合ガスが用いられており、そのほかに尿素の分解ガスを利用する方法や窒素ベース混合雰囲気なども利用されています。

(4)塩浴軟窒化:迅速窒化を目的として開発されたもので、NaCNO3やKCNOなどの青酸塩を主体とした塩浴中で加熱するもので、窒素を主体として炭素も浸透します。

(5)浸硫窒化:耐摩耗性と同時に摺動特性を付加する目的で硫黄(S)も同時に拡散浸透させるものです。処理法にはガス浸硫窒化と塩浴浸硫窒化があり、いずれも通常の窒化化合物層の最表層に多孔質の鉄硫化物(FeS、Fe3S4など)が生成されます。

一般的な窒化および軟窒化層は、最表層に化合物層が、またその下に窒化物を含む窒素の拡散層が存在します。化合物層は標準的な金属組織現出用エッチング液では溶解しませんから、図2に示すように、断面組織からは最表層に白色層として観察されます。この化合物層の組成は処理物の材質や窒化条件にも影響されますが、一般には鉄の窒化物(Fe3N-Fe2N,Fe3Nなど)で、その直下には窒素拡散層が存在します。ちなみに、図中において、S15Cの拡散層内に観察される針状の生成物はγ'-Fe4Nです。

図2 プラズマ(イオン)窒化した鋼の断面組織

図2 プラズマ(イオン)窒化した鋼の断面組織

SUS304の拡散層は図2でも明らかなように、非窒化箇所に比べて極端にエッチングされていますが、ここには多量のクロム窒化物(CrN)が析出しています。そのため、この拡散層は1000HVを超える高い硬さを有していますが、その反面SUS304としての耐食性がかなり劣化しますから、ステンレス鋼に窒化処理を適用する場合には注意が必要です。

窒化によって高い硬さを得るためには、鋼中に含有する合金元素が重要な役割を担っています。高い窒化硬さを得るために最も有効な合金元素はAlであり、CrやMoがこれに続きます。これらの有効元素をすべて含むSACM645は、窒化によって高い表面硬さおよび拡散層硬さが得られますから、窒化用鋼として利用されています。

処理条件のなかでは窒化温度が窒化層の硬さおよび深さに大きな影響を及ぼします。窒化は窒素の拡散ですから窒化温度が高いほど窒化層深さは大きくなりますが、窒化温度が高くなると窒素濃度が低くなるため表面硬さは低下してしまいます。一例として、表2に各種工具鋼について、500~600℃で5時間のプラズマ(イオン)窒化を施したときの表面硬さを示します。硬い窒化物を生成する元素(Cr、Mo、Wなど)を多量に含有するSKH51が、最も高い硬さが得られていることは当然ですが、鋼種には関係なく、窒化温度が高くなるほど表面硬さは低下することが分かります。

表2 イオン窒化した工具鋼の表面硬さ(HV)

鋼 種 窒化温度(℃)
500 550 600
SK105 760~790 710~760 510~540
SKS3 860~900 780~820 500~520
SKD11 1400~1430 1110~1170 860~940
SKH51 1450~1480 1200~1250 950~970
執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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