機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第6章 機械部品に対する表面処理の役割

6-5 耐疲労性と表面処理

疲労(疲れ)とは、物体が繰返し応力を受けた際に、その応力が物体の持つ引張強さよりも小さい応力であっても、徐々にき裂が発生・進展していくことで、最終的には破壊してしまいます。製品や部品の破壊原因の多くは、この疲労によるものですから十分に余裕をもった設計が望まれます。とくに自動車や飛行機などの重要保安部品では、定期的に部品を交換し、さらには非破壊検査によって表面き裂の有無を確認するなど、十分な注意を払わなければなりません。

負荷応力には引張り、曲げ、ねじりなどがあり、これらが繰返して負荷されると、いずれの場合も物体の表面に最大応力が作用します。すなわち、最初にき裂が発生するのは表面であり、その後に繰り返し負荷される応力によって亀裂が進展し、最終的に破壊に至ります。このことは、製品や部品の表面を強化することによって、き裂の発生を遅らせることができ、ひいては耐疲労性が高められることを示唆しています。

疲労強度(疲れ強さ)は静的な引張強さに依存しますから、基本的には硬さを高めたほうが有利になります。しかも、前述のように最初にき裂は表面に発生しますから、表面硬さを高めることによって、き裂の発生時期を遅らせることができます。

耐疲労性を高める処理としては、表1に示すように、高周波焼入れなど表面焼入れ、浸炭焼入れなど熱拡散処理、ショットピーニングなどが適用されています。これらはいずれも表面硬化して耐摩耗性向上にも寄与しますが、表面に形成される大きな圧縮応力が疲労強度を大幅に高めます。

表1 耐疲労性の向上を目的とした主な表面処理とその強化機構

表面処理の種類 強化機構
表面焼入れ 高周波焼入焼戻し
炎焼入焼戻し
焼入れにともなうマルテンサイト化による表面硬化、他の表面処理よりも厚い硬化層が得られる
熱拡散処理 浸炭焼入焼戻し
浸炭窒化焼入焼戻し
CまたはCとNの拡散浸透による固溶、焼入れにともなうマルテンサイト化による表面硬化および圧縮残留応力の生成
窒化処理
軟窒化処理
NまたはNとCの拡散浸透による固溶にともなう圧縮残留応力の生成、硬質窒化物の析出による表面硬化
表面塑性加工 ショットピーニング
微粒子衝突改質処理
塑性加工にともなう加工硬化および圧縮残留応力の生成、浸炭・浸炭窒化焼入れ焼戻しと複合処理することが多い

また、自動車用歯車のように、浸炭焼入焼戻しした後にショットピーニングを行うなど、複数の表面処理を組み合わせることによって、大幅な相乗効果の得られている事例もあります。現在では、自動車部品だけでなく、耐疲労性を最重視する部品に対して、浸炭焼入焼戻し後のショットピーニングが適用されています。その他には、窒化処理後の高周波焼入れ、浸炭焼入焼戻し後の窒化処理などが行われています。

一般に、疲労強度の測定は疲労(疲れ)試験によって行われており、得られたS-N曲線からその材料の疲労限度を知り、設計する際の指針にしています。疲労試験には、鉄道や自動車の車軸を想定した回転曲げ疲労試験を主体として、引張圧縮疲労試験、平面曲げ疲労試験、ねじり疲労試験などがあります。JISでも、種々の材料の疲労(疲れ)試験を規定しており、金属材料の回転曲げ疲れ試験方法(JIS Z 2274)や金属材料の平面曲げ疲れ試験方法(JIS Z 2275)で、試験片や試験機などを規定しています。一例として図1に、鉄鋼材料の疲労試験によく利用されている疲労試験機(引張・圧縮)による試験状況を示します。

図1 疲労試験機(引張・圧縮)による試験状況

図1 疲労試験機(引張・圧縮)による試験状況

S-N曲線とは、縦軸に応力(S)、横軸に繰返し数(N)として図示したものです。一例として図2に、浸炭窒化処理したSMn420の回転曲げ疲れ試験によって得られたS-N曲線を示します。この場合の疲労強度は、硬化層の硬さが高く、硬化層深さの大きい処理材-2のほうが優れていることが分かります。

図2 850℃で浸炭窒化焼入れ焼戻ししたSMn420のS-N曲線

図2 850℃で浸炭窒化焼入れ焼戻ししたSMn420のS-N曲線

なお、本図でも明らかなように、鉄鋼材料は繰返し数(N)が106~107回位のところで曲線が横ばいになり、このときの応力以下では破断しない点が存在します。この応力が疲労限度(疲れ限度)であり、部品を設計する際の目安になるものです。ただし、疲労限度は、製品の形状や表面粗さなど材料からの要素、使用中に受ける応力など外的な要素にも大きな影響を受けることも配慮しなければいけません。

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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