機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

7-9 溶射の種類と適用

溶射とは、燃焼炎または電気エネルギーを用いて溶射材料を加熱し、溶融またはそれに近い状態にした粒子を物体表面に吹き付けて皮膜を形成させる表面処理法です。溶射材料には金属、セラミック、サーメット、プラスチックなど広範囲のものが適用できます。

溶射作業では、図1に示すように、溶射材料は燃焼炎や電気的放電によって急速に加熱されて溶融または半溶融状態の粒子になり、この粒子は圧縮空気などによって加速されて処理物表面に叩きつけられて付着し、処理物によって冷却されます。この現象が繰り返されて溶射材料が堆積し、所定の皮膜が形成されます。

図1 溶射膜形成の模式図

図1 溶射膜形成の模式図

一例として、図2にガスフレーム溶射によって生成した鉄系皮膜の表面形態と断面組織を示します。表面形態は、溶融した溶射粒子が勢いよく叩きつけられて周辺に広がった様相を呈しています。また、断面組織からは、溶融した金属粒子が潰れて扁平状になって堆積している様相が見られます。この断面組織から、溶射膜は溶融した粒子が潰れて扁平状になったもの、溶融しないで球状のままの粒子、各粒子表面付近の酸化物(灰色部)および多数の空孔(黒色部)から構成されていることが分かります。

図2 ガスフレーム溶射によって生成した鉄(Fe)系皮膜の表面形態および断面組織

図2 ガスフレーム溶射によって生成した鉄(Fe)系皮膜の表面形態および断面組織

溶射法は図3に示すように、熱源の種類によってガス式と電気式に大別されます。これらはさらに加熱形態によって細分化されており、用いられる溶射材料の種類や形態、処理物の種類や形態によって使い分けられています。

図3 溶射の分類

図3 溶射の分類

ガス式溶射には、フレーム溶射と爆発溶射があります。フレーム溶射は、燃料ガス(通常はアセチレンと酸素の混合ガス)による燃焼炎を熱源とするものです。溶射法の中でも適用できる溶射材料の形態および種類が多岐にわたっており、形態では線、棒および粉末が、種類では金属、セラミック、樹脂など広範囲の溶射に用いられています。爆発溶射は、燃料ガス(アセチレン+酸素)の爆発燃焼によって溶射材料を溶融加速して皮膜を形成させるもので、密着性の優れた緻密な皮膜が得られます。

電気式溶射にはアーク溶射、プラズマ溶射および線爆溶射があります。アーク溶射は、溶射材料である2本の金属線の先端でアークを発生させて溶融し、溶融した粒子を圧縮空気で基材に吹き付けて皮膜を形成させるものです。プラズマ溶射は、溶射材料を高温プラズマジェットによって溶融・加速して基材に皮膜を形成させるものです。プラズマの温度は10000℃以上にも達しますから、セラミックや高融点金属材料の溶射によく用いられています。線爆溶射は、金属線に瞬時に高電圧を印可して溶融爆発させ、高速で溶融金属を飛散させるもので、パイプなどへの内面コーティングに適しています。

溶射には金属系溶射、セラミック溶射、サーメット溶射、プラスチック溶射など多種多様のものがあり、JISでも表1に示すように種々の溶射について規定しています。最初に工業的規模で利用された溶射は亜鉛溶射であり、その目的は鉄鋼材料に対する防錆防食です。その後、アルミニウムやそれらの合金溶射が行われるようになり、大気環境で使用される建造物や各種タンク類を中心に利用例が増加しています。

表1 JISによる溶射の種類

種類 適用溶射法 JIS番号
亜鉛,アルミニウム及びそれらの合金溶射 Zn,Al,AlMg,ZnAlなど 溶線式フレーム溶射
アーク溶射
JIS H 8300
肉盛溶射 ステンレス鋼(CrNi,CrNiMo),低炭素鋼(Mn,MnSi),高炭素鋼(MnSi,MnCrTi),低合金鋼(MnCrTi),ニッケルクロム鉄合金(NiCrFe)など 溶線式フレーム溶射 JIS H 8302
粉末式フレーム溶射
アーク溶射
自溶合金溶射 NiBSi,NiCuBSi,NiCrBSi,CoCrNiMoBSi,CoCrNiWBSi,NiCrCuMoWBSiなど 粉末式フレーム溶射 JIS H 8303
プラズマ溶射
セラミック溶射 アルミナ(Al2O3),酸化チタン(TiO2),酸化クロム(Cr2O3),酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化アルミニウム・酸化クロム(Al2O3,)など プラズマ溶射 JIS H 8304
粉末式フレーム溶射
溶棒式フレーム溶射,
サーメット溶射 炭化タングステン・コバルト溶射(WC/Co),炭化タングステン・ニッケル溶射(WC/Ni)など プラズマ溶射 JIS H 8306
粉末式フレーム溶射

肉盛溶射は、主に機械部品に対して耐摩耗性、耐食性、耐熱性などの付与を目的として行われています。溶射材料としては、炭素鋼、低合金鋼、ステンレス鋼などがあり、それらは使用目的や溶射適用材に応じて細分化されています。

金属系溶射の一つである自溶合金溶射は耐食性、耐熱性、耐摩耗性を付与する目的で行われています。この溶射の特徴は溶射後に再加熱して溶融する(フュージング)ことであり、この溶融処理によって熱拡散による基材との密着性が向上し、空孔をほとんど無くすことができます。溶射材料としては、ニッケル(Ni)基及びコバルト(Co)基の金属系のもの、それらの合金に硬質の炭化タングステン(WC)を配合したものなどが適用されています。

セラミック溶射は耐摩耗性、耐薬品性、耐熱・断熱性などを付与することを目的として行われています。溶射用セラミックの種類は酸化アルミニウム、酸化チタン、酸化クロム、酸化ジルコニウムなどで、これらが単独または混合されて用いられています。

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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