機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

3-2 熱処理条件と金属組織

機械構造用鋼の持っている最高の特性を発揮させるためには、理想的には焼入れによって完全なマルテンサイト組織にすることです。完全なマルテンサイトにするためには、焼入加熱によってすべてをオーステナイトにしなければなりません。機械構造用鋼はすべてが亜共析鋼ですから、焼入加熱温度はA3変態点よりも高い温度にする必要があり、標準的にはA3変態点よりも50℃位高めの温度から焼入れされます。また、要求される機械的性質を付加するために、必ず適正条件にて焼戻ししなければなりません。

図1 鉄-炭素系平衡状態図と金属組織

図1 鉄-炭素系平衡状態図と金属組織

図2 S45Cの焼入温度と焼入組織の関係

図2 S45Cの焼入温度と焼入組織の関係

1.焼入温度による組織変化

機械構造用鋼の焼入温度は、基本的には図1に示すように、鉄―炭素系平衡状態図から決められます。例えば、S45CのA3変態点は780℃位ですから、適正焼入温度範囲は820~870℃です。一例として、図2に730℃、750℃および850℃の各温度から水焼入れしたS45C(試験片寸法:直径15mm、高さ30mm)の顕微鏡組織を示します。

(1) A1変態点とA3変態点の中間の温度から焼入れしたとき

金属組織はマルテンサイトとフェライトの混合組織であり、十分な焼入硬さは得られません。この温度での加熱状態ではオーステナイト(γFe)とフェライト(αFe)の混合組織を呈しています。すなわち、この状態から急冷するとオーステナイトはマルテンサイトに変態して硬化しますが、フェライトはそのまま室温まで維持されます。

(2) 適正温度(850℃)から焼入れしたとき

この温度で加熱すると完全なオーステナイト組織になるため、急冷してMs点を通過すれば正常なマルテンサイト単相が得られます。しかし、この温度から焼入れしても冷却速度が遅くなるとマルテンサイトのほかに微細パーライトも生じます。また、さらに加熱温度が高くなると、粗大化したマルテンサイトを生じ、当然結晶粒も粗大化しますから、じん性や延性の点では不利になります。

図3 S45Cの焼入組織事例

図3 S45Cの焼入組織事例

2.マルテンサイト変態と微細パーライトの生成

鋼を変態点以上のオーステナイト状態から急冷してMs点を通過させると、室温まで炭素が固溶したまま維持されてマルテンサイトに変態します。このマルテンサイト変態は、単相(オーステナイト)から単相(マルテンサイト)への変態であり、元素の移動はともなわないため無拡散変態です。ただし、結晶構造は面心立方晶(fcc)のオーステナイトから体心正方晶(bct)のマルテンサイトに変化するため、体積は膨張します。

完全にマルテンサイト単相にするためには、上部臨界冷却速度(第1章の1-6参照)以上の冷却速度が必要です。上部臨界冷却速度より遅くなると、Ms点に達する前にパーライト変態を生じますから、マルテンサイト組織の中にパーライトが混在した組織になります。

このときに生じるパーライトは、フェライトとセメンタイトの間隔が非常に小さいため、通常の金属顕微鏡ではパーライト本来の層状模様は確認できませんが、通称微細パーライトと呼ばれています。一例として図3に示すように、微細パーライトはマルテンサイトに比べて組織現出用のエッチング液で極端に腐食されやすいため、黒色組織として判別することができます。

図4 850℃から焼入れ後550℃で焼戻したSCM44の金属組織

図4 850℃から焼入れ後550℃で焼戻したSCM44の金属組織

3.焼戻にともなう組織変化

マルテンサイトは過飽和に炭素を固溶していますから、硬くて非常に脆いため、そのままでは機械部品としては用いることはできません。そのため、機械構造用鋼は、焼入れ後の焼戻しによって機械的性質を調整して用いられています。

一例として、図4に850℃から焼入れ後550で焼戻したSCM440の顕微鏡組織を示します。すべての機械構造用鋼も同様の組織を呈しますから、顕微鏡組織では鋼種を判別することは困難です。このときの金属組織は通称ソルバイトと呼ばれており、走査型電子顕微鏡像からも明らかなように、フェライト生地の中に多量のセメンタイト(微細粒子)が析出しています。このソルバイトはじん性に富んでおり、機械構造用鋼の標準的な調質組織です。

また、350℃位の温度で焼戻したときの金属組織はトルースタイトと呼ばれており、ソルバイトと同様に、フェライトと微細なセメンタイトの混合体です。ただし、この場合のセメンタイトは、ソルバイト中のものに比べて、かなり微細です。

なお、焼戻組織は、焼入れによって生じたマルテンサイトを焼戻しして得られものですから、最近では、焼戻温度には無関係に、焼戻マルテンサイトと呼ばれることが多いようです。

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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