機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第1章 機械部品に用いられる材料

1-4 純鉄の結晶構造

金属は、原子が規則正しく配列した結晶であり、その配列の仕方によって種々の結晶構造が存在します。この結晶構造は、その物質の性質にも大きく関わりますから、金属を取り扱う場合には十分に理解する必要があります。

純鉄は、図1に示すように、室温から融点(1536℃)に達するまで徐々に昇温して行く間に、2回の結晶構造変化と1回の磁気特性変化を生じる変態点が存在します。純鉄(Fe)の室温での結晶構造は体心立方格子で、そのときの金属組織はα鉄(αフェライト)です。

図1 純鉄の温度と結晶構造/金属組織の関係

室温から徐々に加熱していくと、はじめに現れるのがA2変態点(770℃)で、この温度では結晶構造は変化しませんが、強磁性体から常磁性体に変わります。すなわち、この温度までは磁石に付きますが、これより高温では磁石に付かなくなります。そのため、この変態点は磁気変態点(キュリー点)とも呼ばれています。

さらに昇温してA3変態点(911℃)に達すると、結晶構造が面心立方格子のγ鉄(オーステナイト)に変化し、さらにA4変態点(1392℃)では体心立方格子のδ鉄(δフェライト)に変化します。このような変態点は非鉄金属には存在しませんが、この変態点の存在が、鉄鋼材料が熱処理によって特性を変えることのできる大きな理由になります。

体心立方構造とは、図2に単位格子を示すように、格子の中心部に原子が存在するもので、略称ではbcc(body-centered cubic)構造といいます。面心立方構造とは、図3に示すように、格子面に原子が存在するもので、略称ではfcc(face-centered cubic)構造といいます。

図2 体心立方構造の単位格子(単位原子数:2個)

図3 面心立方構造の単位格子(単位原子数:4個)

なおfcc構造のものは、bcc構造のものに比べて軟質で変形しやすい性質を持っています。金(Au)、銀(Ag)およびアルミニウム(Al)など常温加工が容易な金属はfcc構造、タンタル(Ta)やタングステン(W)など常温加工が困難な金属はbcc構造です。 このことは、鉄鋼材料であっても、常温のbcc構造の場合よりも、加熱して軟質のfcc構造にしたほうが加工しやすいことを示唆しています。

原子の大きさは同じであっても、結晶構造が変わると当然寸法も変化します。すなわち、同じサイズの原子であれば、面心立方格子のほうが体心立方格子よりも寸法は小さくなります。このことは、単位格子の寸法と単位格子当たりの原子数から当然の現象です。 図4に示すように、単位格子の辺の長さは面心立方格子のほうが大きいのですが、単位原子数は面心立方格子の場合は4個、体心立方格子の場合は2個です。同数の原子数に対する体積を計算すると、明らかに体心立方格子のほうが大きくなります。

図4 同じ半径(r)の原子によって構成される単位格子の辺の長さ

図5 純鉄の変態点と膨張・収縮の関係

したがって図5に示すように、純鉄は昇温過程において、変態点に達するまでは温度に比例して寸法は膨張しますが、A3変態点では体心立方構造から面心立方構造に変化しますから、収縮します。さらに温度が上昇してA4変態点に達すると、面心立方構造から体心立方構造に変化しますから、単純な温度上昇に伴う膨張以上に急激に膨張します。

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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