機械部品の熱処理・表面処理基礎講座

機械部品にはいろいろありますが、その多くは熱処理によって機械的性質を制御されています。さらに表面処理を適用すれば、表面には新たな特性が追加されて高性能・長寿命化は当然であり、付加価値も飛躍的に高まります。
本講座(全8章50講座)では、機械部品に用いられている金属材料(主に鉄鋼材料)の種類と、それらに適用されている熱処理(焼なまし、焼入れなど)および表面処理(浸炭・窒化処理、めっき、PVD・CVDなど)について、概略と特徴を紹介します。
第6章 機械部品に対する表面処理の役割

6-2 防錆・防食と表面処理

(1) 金属の腐食現象

腐食には、乾式による腐食(乾食)と湿式による腐食(湿食)とがあり、機械部品においてとくに問題になるのは後者です。乾食とは高温加熱の際に生じる腐食のことで、空気中など酸素を含む雰囲気中で加熱されたときに生じる酸化(高温酸化)や塩素など反応ガス中で加熱したときに生じる腐食があります。

湿食とは水が存在する際に生じる腐食のことで、その発生する原因としては、材料の種類や構造上の問題、熱処理や表面処理の問題などがあり、発生状況によって、個々に適した防止対策が必要です。図1に、鉄鋼製品に生じた主な腐食事例を示すように、湿食には製品の表面が全面的に腐食される全面腐食、表面から局部的にピット上に腐食していく孔食、結晶粒界に沿って局部的に腐食が進行する粒界腐食などがあります。

図1 鉄鋼製品に生じた腐食事例

図1 鉄鋼製品に生じた腐食事例

化学的因子による損傷すなわち腐食の大半は電気化学的反応によるものであり、腐食環境中で腐食電池が形成されてアノード側の金属が溶出するものです。この腐食電池が形成される要因としては、金属材料中の化学成分や金属組織の不均一、表面処理層(めっき膜など)の欠陥、異種金属の接触、使用環境におけるイオンや溶存酸素の濃度差、使用環境の温度差などがあります。

表1 金属材料において腐食電池が形成される事例

  アノード側(腐食・溶出する) カソード側
単一金属の場合
〔ミクロ腐食電池〕
黄銅 亜鉛
ステンレス鋼 オーステナイトフェライト 炭化物、不働態膜、
鉄鋼(焼なまし) フェライト 炭化物、非金属介在物
鉄鋼(焼入れ、焼戻し) 微細パーライト、ソルバイト マルテンサイト
複数金属の場合
〔マクロ腐食電池〕
めっき品(Ⅰ) 亜鉛 軟鋼、合金鋼
めっき品(Ⅱ) 軟鋼、合金鋼 ニッケル、クロム
組合せ品(Ⅰ) アルミニウム ステンレス鋼、銅
組合せ品(Ⅱ) 軟鋼 ステンレス鋼
ロウ付け品 黄銅 銀ろう

表1に、金属材料からみた場合の腐食電池が形成される事例を示すように、単一金属の場合のようにミクロ的なものから、複数の金属によるマクロ的なものがあります。電極電位の低い(卑)ほうがアノード側に、電極電位の高い(貴)ほうがカソードになり、アノード側が腐食・溶出します。

製品や部品の構造上の問題としては、ボルト締結箇所や溶接箇所など部品同士のすきまなどに発生するすきま腐食があります。すきま内は外部周辺よりも溶存酸素の供給が不十分になって希薄になるため、酸素濃淡電池が形成されることによる腐食現象です。

その他には、塑性加工等によって強加工を受けて大きな内部応力を有する金属製品において、腐食環境にさらされていた場合に生じる応力腐食割れがあります。とくに、オーステナイト系ステンレス鋼は塩化物が存在する水溶液中で生じやすく、しかも、部品を組み込んで時間の経過後に破壊しますから、この破壊現象は遅れ破壊またはシーズンクラック(時期割れ)ともよばれています。

(2) 表面処理による防錆・防食法

金属材料の防錆・防食法には、図2に示すように、使用環境に適した材料選択、環境処理(腐食因子の除去や腐食抑制剤の利用)、環境遮断(表面処理の利用)、電気防食の利用などがあります。表面処理は古くから腐食環境の遮断を目的として採用されることが多く、金属被覆と非金属被覆が使用状況に応じて利用されています。

図2 鉄鋼製品に適用されている防錆・防食法の種類

図2 鉄鋼製品に適用されている防錆・防食法の種類

非金属被覆には塗装をはじめライニングなどがあり、腐食環境から完全に遮断するために利用されています。金属被覆法としては、めっきや金属溶射などが防錆・防食のために利用されています。ただし、皮膜が基材よりも卑な金属の場合と貴な金属の場合とで、その防食原理がまったく異なりますから、図3に示すようにめっき欠陥部からの腐食状況も膜種によって異なります。

図3 めっき欠陥部からの腐食状況に及ぼす膜種の影響

図3 めっき欠陥部からの腐食状況に及ぼす膜種の影響

皮膜が卑な金属のめっきとしては、防錆・防食だけが目的のものが多く、建造物などに利用されている溶融亜鉛めっき、ボルトなどへの電気亜鉛めっきがあります。この防食原理は、鉄(Fe)よりも卑な金属である亜鉛(Zn)がアノードになって溶出するため、下地である鋼は腐食から守られることであり、このような防食法のことを犠牲防食といいます。

皮膜が貴な金属のめっき膜としては、ニッケル(Ni)、スズ(Sn)、金(Au)、クロム(Cr)などが挙げられます。これらは湿式環境下では皮膜のほうが基材である鉄(Fe)よりも貴ですから、ピンホールなどのめっき欠陥箇所から基材の腐食が進行します。すなわち、これらの皮膜は、乾式環境下における装飾(美観)や耐摩耗性付与などを主目的とするのであれば非常に有効ですが、ピンホールのようなめっき欠陥がある場合には、湿潤環境下での防錆・防食効果はほとんど期待できません。

執筆:仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『機械部品の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 機械部品に用いられる材料

第2章 鉄鋼製品に実施されている熱処理の種類とその役割

第3章 機械構造用鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 ステンレス鋼とその熱処理

第5章 非鉄金属材料とその熱処理

第6章 機械部品に対する表面処理の役割

第7章 機械部品を対象とした主な表面処理

第8章 機械部品の損傷と調査法

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