工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料の変遷 4-17 VOC削減型塗料-水性とはどんな塗料なのか

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第4章 塗料のルーツと変遷

4-17 VOC削減型塗料-水性とはどんな塗料なのか

1.水性塗料の変遷

  前回の粉体塗料に比べると水性塗料には随分と親しみと言うか、近しいものを感じる。それは小学生の頃に水性塗料の仲間である水彩絵の具を使って居たこと、あるいは、木材を加工してくっつけるのに水性ボンドを使用した記憶があるからであろう。このボンドの主成分は酢酸ビニル樹脂エマルションで、酢ビボンドとも呼ばれる。薄く塗布すると、経時で透明になって行く。すでに本講座の第1章 “1-6 水性塗料の白化現象とその対策”でエマルション塗料の塗膜形成や、弱点である吸水ポケットについて説明しているから、ご一読されたい。

  水性塗料に注目して解析した2021年の国内塗料生産量の比率を図4-40(a)、(b)に示す。25)最大生産量を示した1990年の生産比率と比べると、図(a)から水性塗料は26→40%に上昇し、有機溶剤系塗料は65→50%に低下している。有機溶剤系塗料の落ち込み分のほとんどを水性塗料がカバーしたようである。既存の塗装設備を改良すれば使用できると言う利点が大きく寄与している。この点が粉体塗料と大きく異なる。また、図(b)から水性塗料の60%以上はエマルション塗料であり、工業塗装ラインで使用されるのは40%以下であることが分かる。分野別塗料使用量のベストスリーは多い順から、(1)建築塗装、(2)新車車両、(3)金属製品になっており、今後、エマルション以外の水性塗料が伸びる分野は、(2)と(3)を含め、電気・家電、産業機械である。(2)の新車車両では、焼付け回数の削減、焼付け温度の低温化で、CO2とVOC削減を進めており、その技術が金属関連分野に普及して行くことを望んでいるが、コスト重視になると、コストに見合う塗料開発が必要になる。安定して供給できる植栽型樹脂原料を育てる努力を続けてほしい。

図4-40 水性塗料に注目した2021年度(1~12月)の塗料生産量の比率(25)
図4-40 水性塗料に注目した2021年度(1~12月)の塗料生産量の比率25)

2.水性塗料とは、どのような塗料か

  塗料用樹脂の原料は重油であり、有機溶剤には溶解するが、水には不溶である。

  塗料の溶剤を水に置換えるというのは一つの理想的な環境対応型塗料のあり方である。水は極めて特徴的な物質で、分子量が18しか無いにもかかわらず液体であり(窒素分子は分子量28で気体)、沸点が100℃と高い。また、表4-11に示すように20)、沸点が111℃であるトルエンと比べてもその蒸発速度は約1/5という低さである。また、表面張力も3倍近くあり、基材に対して濡れにくいこと、溶解性パラメータは極端に高く、塗料用樹脂にとっては明らかな貧溶媒である。これら水の物性が水性塗料の特性を支配する。

表4-11 水とトルエンの物性値の比較20)

表4-11 水とトルエンの物性値の比較(20)

  水と油というように、混ざらないもの同士を混ざるようにするのも、混ざらない特性を利用するのも人間の知恵である。これまでに、表4-12に示す3つのタイプの水性塗料が開発されてきた。混ざらなくても高分子量のポリマーを低粘度で扱うことのできる素晴らしい技術が開発されてきたし、ほぼ完全に水に溶かしたポリマーを焼付け塗料で使用し、VOCを低減させている。水の特性に絡む“わき”や“はじき”現象を改良することは簡単では無いが、実現出来る項目である。

  ココではカチオン電着塗料用樹脂がどのように調製され、電着されて行くかを述べる。電着の原理や装置の概要については、本講座の第3章“3-7 電着塗装の原理”でまとめているが、塗料用樹脂について理解を深めると、さらに物事がよく見えてくるから、なんとか頑張って読み進めてもらいたい。

表4-12 水性塗料用樹脂の外観と分子形態

表4-12 水性塗料用樹脂の外観と分子形態

3.カチオン型電着塗料用樹脂

3.1 電着塗装とは

  電着塗装の原理図と、水性カチオン樹脂が自動車ボディに析出する機構をまとめて図4-41に示す。カチオン電着塗装では陽イオンの水溶性樹脂が、電気泳動で陰極につながれた自動車ボディに向かって移動する。陰極は水の電気分解で生じたアルカリ(OHイオン)で満たされており、陽イオンの樹脂が自動車ボディに到達するやいなや、電荷を失い、析出する。水性樹脂は中和によりイオンになるが、電着時に電荷をなくし、水不溶となり、析出する。イオン化して水に溶け、イオンを失って、水不溶になる。

図4-41 カチオン電着塗装の原理と電着機構(26)
図4-41 カチオン電着塗装の原理と電着機構26)

  電着塗料は、図4-42に示すように、カチオン型とアニオン型の2種類がある。前者には中和で陽イオンになる樹脂を、後者には陰イオンになる樹脂を使用する。塗料の特性として、電気泳動をしやすくする必要があり、粘度は低い方が、顔料濃度も低い方が良いので、塗膜となる固形分濃度は低くなる。一般に電着塗料の固形分濃度は10~15wt%程度と小さく、スプレーガン用に希釈された溶剤型の焼付け塗料と比べても、 1/2程度である

図4-42 電着塗料用樹脂の水溶化機構(26)
図4-42 電着塗料用樹脂の水溶化機構26)

3.2 カチオン型電着塗料用樹脂の調製法26)

  実用化されている電着塗料の原料は分子量1000-2000程度のエポキシ樹脂(エポキシ当量500-1000程度)である。樹脂の化学構造を図4-43 (a)に示す。(a)のエポキシ樹脂では分子末端をイオン化できないから、次のように変性する。

図4-43 カチオン型電着塗料用樹脂の調製法(26)
図4-43 カチオン型電着塗料用樹脂の調製法26)

(1) エポキシ樹脂(a)を芳香族炭化水素、ケトン系の混合溶剤に溶解させる。

(2) 樹脂(a) にアミン化合物を付加反応させて、エポキシ基をアミノ基に転換する。変性した樹脂は一般に(b) で示されるアミン変性エポキシ樹脂である。

(3) 樹脂(b)を酸で中和する。酸から水素イオンH+を引き抜き、樹脂末端を(c)に示す-N+Hイオンにする。このイオン状態ならば水に溶解または分散が可能になる。

(4) 樹脂(b)に橋かけ反応するブロックド・イソシアネート(図4-44参照) 溶液を混合して、均一溶液にする。

(5) (4)の混合溶液に含まれる有機溶剤を減圧・吸引して取り除く。同時に、固形分濃度が約15%になるように水を加える。混合溶液は水相に転換され、樹脂(c)とブロックド・イソシアネートからなるコロイド分散粒子(コロイダルディスパージョン)になる。

(6) 電着時に、(5)のコロイド分散粒子は陰極の被塗物に向かって電気泳動し、電荷をなくして被塗物表面に析出する。

  次に、塗装面に析出したアミン変性エポキシ樹脂(b)が架橋塗膜になる機構を図4-44にまとめて示す。主剤のアミン変性エポキシ樹脂は分子鎖中に-OHがあり、分子末端には2級アミンを有することが多い。硬化剤としてイソシアネート基(-NCO)を有する化合物を選ぶと、-NCOはアミン、水と反応するから、-NCOをブロックした状態で使用する。これが図4-44に示すブロックド・イソシアネートである。ブロック剤(HB)は加熱により解離し、活性な-NCOが生成する。塗膜形成の主反応は、-NCOがエポキシ分子鎖の-OHと反応し、ウレタン結合を生成することである。ただし、図4-44に示すように分子末端に1級、2級アミンがある場合には、-NCOは優先的にアミンと反応し、尿素結合でエポキシ樹脂を連結させる。

図4-44 カチオン型電着塗膜の硬化反応(26)
図4-44 カチオン型電着塗膜の硬化反応26)

4.おわりに

  第4章では、歴史を振り替えながら、その時代における塗料を取り上げてきた。日本には鎖国時代があったので、欧米との文化交流が途絶えていた。開国、明治時代へと、大きな流れに乗って塗料・塗装も大きく変化した。膠(にかわ)、柿渋から油性塗料、硝化綿ラッカー、さらには合成樹脂塗料が矢継ぎ早に開発されてきた。その反動で、地球環境はどんどん悪化し、CO2とVOCの削減を地球規模で取り組まねばならない状況である。塗料も環境に優しい材料に転換しなければならない時代を迎えている。

執筆: 元川上塗料株式会社 社外取締役 坪田 実

〔引用・参考文献〕*4章通し番号
1)大藪泰:表面技術, Vol.70, No.5, p.236-241 (2019)
2)職業能力開発総合大学校編:“塗料”, 雇用問題研究会, p.15, 18, 126 (2007)
3)工藤雄一郎・四柳嘉章: 植生史研究 第23巻 第2号 p.55-58 (2015)
4)大沼清利:“技術の系統化調査報告”, 国立科学博物館, Vol.15, March (2010)
5)前川浩二:“第52回塗料入門講座”講演テキスト, (社)色材協会 関東支部 (2011)
6)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』, 玉虫厨子
7)http://msatoh.sakura.ne.jp/08053site.htm
茶の湯の森 (nakada-net.jp)で検索してください。
8)https://boku-undo.co.jp/story/st2.html
9)エチルアルコールと水の密度をそれぞれ0.79、1.0g/cm3、酒のアルコール濃度を16wt%として、酒の密度を計算した。
10)https://4travel.jp/travelogue/10116454
11)日本塗料工業会データを一部参照
12)坪田実、高橋保、長沼桂、上原孝夫:塗装工学, Vol.36, No.6, 213-222 (2001)
13)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.39,55,91,155 (2008)
14)坪田実:塗装技術、理工出版社、2011年4月号、p128-134 (2011)
15)アネスト岩田株式会社80年史 (2005)
16)坪田実:“工業塗装入門”, p.27, 日刊工業新聞社(2019)
17)R.H.Kienle, C.S.Ferguson:Ind.Eng.Chem., 21,349 (1929)
18)坪田実:色材, 91, No.8, p.282 (2018)
19)坪田実:学位論文“塗膜物性に及ぼす顔料効果の研究”, 東京大学, p.202 (1985)
20)坪田実:“図解入門塗料と塗装の基本と実際”, 秀和システム, p.57,75,193 (2016)
21)武井昇:“旭サナックテクニカルレビュー2014”, p.2 (2014)
22)日本塗料工業会ホームページ:http://www.toryo.or.jp/jp/info/index.html
23)大澤悟:建材試験センター 建材試験情報 5月号(2014)
24)シーエムシー出版編集部:“塗料開発の新展開”, シーエムシー(2022)
25)鈴木研哉:J. Jpn. Soc. Colour Mater.(色材), 95 (11), 346-352 (2022)
26)坪田実(分担執筆):“環境対応型塗料・塗装技術”, サイエンス&テクノロジー, p.41-63 (2022)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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