工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第7章 工具の損傷事例と対策

7-1 工具の寿命に及ぼす因子

工具寿命に及ぼす因子には、図1に示すように、設計上の問題、材料の問題、加工の問題および使用の問題があります。なお、これらの問題は機械部品など様々な製品や部品に対して共通のものですから、ものづくりにおいては常に念頭に置かなければなりません。

図1

1.設計上の問題

設計上の問題の中で、工具類に対して最も問題になるのは、使用中に応力が集中する段差箇所やエッジ箇所の形状です。段差箇所やエッジ箇所の強度は、材料が本来持っている強度よりも低下することは周知の事実ですが、強度低下に対する感受性は高硬度・高強度のものほど大きいため、高い硬さを有する工具類の中でも、高面圧が負荷される冷間成形用金型などはとくに注意しなければなりません。段差箇所およびエッジ箇所は許容範囲内でできるだけRを大きくすれば、大幅にエッジ効果を低減もしくは防止することができ、破壊に至るまでの寿命が大幅に向上します。

なお、このような鋭角的なエッジ箇所が存在する場合には、焼入れする際に焼割れの原因にもなりますから、絶対に避けなければなりません。一例として図2に、段差箇所およびエッジ箇所の改善例を示します。

図2

2.材料の問題

材料で問題になることは、非金属介在物と合金元素の偏析です。鉄鋼材料中に存在する非金属介在物にはA系(鍛伸方向に伸ばされた硫化物など)、B系(鍛伸方向に並んだ不連続の粒状酸化物など)、C系(不規則に分布する酸化物など)があり、その量、大きさ、分布状態が工具寿命に大きな影響を及ぼします。例えば、硫化マンガン(MnS)が多量に存在する場合でも鍛伸方向の強度にはあまり大きな影響はありませんが、直角方向の強度は極端に弱くなります。また、酸化物系非金属介在物はほとんど塑性変形しませんから、粗大なものが存在すると、破壊の起点になって早期破壊の原因になります。

工具類によく利用される工具鋼の多くは、多量の硬質炭化物を含有しており、製品の耐摩耗性に対して有効に作用しています。しかし、これらが偏析すると逆効果になってしまい、破壊の起点になり、しかも衝撃値の低下を招きます。一例として、図3に炭化物の異常偏析したSKS3の顕微鏡組織を示します。炭化物がほとんど存在しない箇所と、異常形状の炭化物が凝集している箇所があり、工具寿命に対して不利であることが分かります。

図3

3.加工上の問題

金属製品を製作する際の最終工程である機械加工や金属加工の際に、すでに損傷(初期損傷)している場合もあります。工具を対象とした加工の種類には、切削加工、研磨、切断、放電加工、熱処理、表面処理など、多くのものがあり、そのために初期損傷にも、個々の加工法に特有な多種多様なものがみられます。なお、個々の加工法における初期損傷に関しては、各専門書を参考にしてください。ただし、これらの初期損傷のうち、焼入れした際の焼割れのような加工工程の最終段階で生じるものは、発生原因が熱処理そのものの問題もありますが、図4に示すように、その多くは材料の問題や製品形状の問題が起因になります。

図4

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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