工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 真空熱処理適用上の留意事項

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

3-6 真空熱処理適用上の留意事項

●真空とは

真空とは、大気圧(1.013×105Pa)よりも低い圧力の空間すべてであり、圧力の範囲によって低真空(105~102Pa)から超高真空(10-5Pa以下)の領域まであります。熱処理に利用されている範囲は高真空の領域までであり、鉄鋼材料の熱処理の場合は低真空または中真空程度で十分です。真空を利用すれば、他の加熱雰囲気に比べて簡単に光輝加熱ができますから、現在では金型の焼入加熱をはじめ広範囲の熱処理に真空炉が利用されています。

鉄鋼材料を真空加熱する際には、量的な超高真空領域よりは質的な超高真空が要求されます。質的な超高真空とは、量的には低真空や中真空であっても酸化性ガス量が超高真空領域と同程度のことです。量的な超高真空を得るためにはターボ分子ポンプなど高価な設備が必要ですが、質的な超高真空は窒素ガス(N2)やアルゴンガス(Ar)を利用して、真空容器内の残留空気などの酸化性ガスを排除することによって、容易に得ることができます。

●バスケットや冶具からのCr蒸発の影響

すべての物質は真空中で高温加熱すると、蒸気圧に達した際に気化して蒸発します。鉄鋼材料に含有する合金元素の中では、マンガン(Mn)やクロム(Cr)など蒸気圧の高い元素が蒸発しやすく、加熱温度が高いほど、また加熱時圧力が低いほど、蒸発量が多くなります。 例えば、ステンレス鋼を真空中で高温加熱すると、図1に示すように蒸気圧の高いCrが蒸発して表面のCr濃度が減少します。とくに、加熱時圧力が低いほどCr蒸発量が多くなりますから、ステンレス鋼や耐熱鋼製のバスケットを使用して、焼入温度の高い高速度工具鋼を焼入れすると、この蒸発したCrが付着して表面Cr濃度は高くなってしまいます。

図1

高速度工具鋼には本来約4%のCrを含有していますが、図2に蛍光X線分析結果を示すように焼入温度が高いほど、また加熱時圧力が低いほど表面のCr濃度が異常に高くなります。このCr量の増加はマルテンサイト変態開始(Ms)点を下げますから、焼入れ後の残留オーステナイト(γR)が多量に生じる原因にもなります。γRが多量に生じると、図3に示すように、通常の焼戻温度である540~580℃では完全には分解できませんから、大半が白層として残存してしまいます。このγRは軟質であり耐摩耗性劣化の原因になりますから、高速度工具鋼を真空焼入れする際には、加熱時圧力はできるだけ高くして、質的な超高真空を上手に利用すべきです。

図2

図3

●表面粗さと光輝性に及ぼす加熱時圧力の影響

1000℃以上の高温で加熱する際に真空を利用する場合には、加熱時の圧力を低くすることは光輝性の劣化や表面の肌荒れの原因にもなります。高速度工具鋼のように焼入加熱温度が高いほどこの傾向は顕著ですから、とくに留意すべきことです。なお、この表面劣化の原因は、前述のように処理物に含有する蒸気圧の高い元素が蒸発するためです。

一例として、図4に1220℃から焼入れしたSKH51の光沢度および表面粗さについて、加熱時圧力および加熱時間の影響を示します。明らかに、加熱時圧力の低いほうが光沢度および表面粗さの両者とも劣化しており、しかも加熱時間が長くなるほどその差が大きくなります。これらのことからも、高速度工具鋼を真空焼入れする際の加熱時圧力は、低真空のほうが優位であることが分かります。

図4

ただし、このような低真空や中真空領域では、雰囲気中に残留空気が存在すると酸化による表面着色の問題が発生しますから、加熱前にN2ガスによる十分な残留ガスの置換を行う必要があります。しかも、加熱中はN2ガスキャリヤーと真空ポンプ(ロータリーポンプ)による排気との併用によって圧力制御するなど二次的な雰囲気汚染対策も重要です。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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