工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 PVD、CVDによる硬質膜の種類と分類

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

6-1 PVD、CVDによる硬質膜の種類と分類

最初に工業的に適用された硬質膜はTiNです。TiNは金色を呈していますから、当初の対象製品は装飾品など金めっきの代替品としての利用でしたが、硬質であること、摩擦係数低減効果があることから、切削工具に適用されるようになりました。一例として、図1に各種成膜法によってTiNコーティングした種々の工具鋼の断面組織を示します。なお、これらすべての断面において、観察面は傾斜させており、実際よりは2倍以上の膜厚になっています。また、HCD法のTiN膜直下の白色層は密着性強化のためのTi膜、熱CVDのTiN直下の灰色層は基材中の炭素との反応によって生成したTiCもしくはTiCN膜です。

図1

切削工具への皮膜の効果が立証されてからは、さらに多くの分野で注目されるようになり、適用範囲が次第に拡大されてきました。適用範囲が拡大されてくると種々の特性が要求されるようになり、TiNよりも優れた特性を有する皮膜が求められるようになり、新しい硬質膜の開発が活発に進められて今日に至っています。

新しい硬質膜の主な開発目標は、図2に示すようなTiNよりも高い硬さを有すること、無潤滑環境下において摩擦係数が低減できること、耐熱性(高温酸化特性)や耐食性が優れていることなどです。

図2

(1) 硬さからみた硬質膜の種類と適用

耐摩耗性のパラメーターの一つは硬さであり、TiNよりも高い硬さをもつ硬質膜としてTiCやTiCNが利用されています。TiCはTiNに比べて脆弱なため、その中間的な特性を持つTiCN(2500~3000HV)は冷間鍛造や深絞り加工用のパンチなどに多く用いられています。ダイヤモンドは地球上に存在する物質の中では最も高い硬さを有するため、種々の成膜手法が開発されましたが、成膜温度(通常850℃以上)が高いこと、後研磨が困難なこと、などの理由から一部を除いて実製品への適用例はあまりありません。

(2) 摺動特性からみた硬質膜の種類と適用

硬質膜の最大の適用分野は工具類であり、その適用目的は摺動特性の改善で、摩擦係数の低減はすべての適用対象品に共通的に最も重要な要素です。硬質膜を潤滑油中など潤滑環境下で使用するのであれば、TiNであっても十分にその潤滑効果を発揮します。しかし、摺動部品への硬質膜コーティングの最終目標は無潤滑環境下での適用です。TiNに比べてTiCやTiCNの摩擦係数は低減しますが、無潤滑環境下ではほとんどの相手材に対して摺動特性の効果は発揮できません。また、摺動部品に用いる場合には相手攻撃性も重要な要素であり、CrNやCrVNなどCr系硬質膜が開発され適用事例が増加していますが、潤滑環境下でのみその効果を発揮するものです。一例として、図3にアーク蒸発法によってCrNコーティングした高速度工具鋼(SKH51)の断面組織を示します。

図3

最近、DLC膜が注目されていますが、その理由は無潤滑環境下において相手材に関係なく摩擦係数が低く、他の硬質膜に比べて抜群の摺動特性を呈するからです。

(3) 高温酸化特性からみた硬質膜の種類と適用

硬質膜が大気中で用いられる場合、TiNは550℃、TiCやTiCNは450℃位から酸化が進行してTiO2に変化しますから、膜本来の特性が失われてしまいます。ところが、TiAlNは700℃程度ではほとんど酸化されませんから、最近では耐熱硬質膜としてミスト加工や重切削用工具などに多用されています。一例として、図4にプラズマCVDによって生成したTiAlN(最表層)/TiN膜の断面組織と、断面のGDS分析例を示します。皮膜は2相を呈しており、最表層がTiAlN、その下はTiN膜であり、膜内には塩素(Cl)の存在が確認できます。

図4

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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