工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 焼入れ・焼戻しにともなう硬さの推移

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

2-3 焼入れ・焼戻しにともなう硬さの推移

炭素工具鋼(SK材)は炭素以外の合金元素は添加されていませんから、質量効果が大きいため大型の工具には不向きです。一例として、図1に直径25mm、長さ55mmのSK85について、長さ方向の中央部の横断面硬さに及ぼす焼入温度および焼入冷却剤の影響を示します。表面硬さは、この焼入温度範囲では焼入温度や焼入冷却剤に関係なく十分に焼入硬化しており、65HRC以上の値が得られています。しかし、内部硬さに関しては、焼入温度は高いほど、冷却剤の中では最も冷却能の大きい水冷したものが全体的に高い硬さが得られています。これらのことから、焼入温度を高くすること、冷却能の高い焼入冷却剤を使用することは質量効果の点で有利であることが分かります。

図1

SK材や低合金工具鋼(SKS材)の一般的な焼入温度は800~850℃ですが、それより高くなるほど表面の焼入硬さは低下します。その理由は、焼入温度が高いほど炭化物の固溶量が大きくなってMs点(マルテンサイト変態開始温度)が低下しますから、残留オーステナイト(γR)が増加したことによるものです。一例として、図2に各温度(800~1000℃)から焼入れしたSKS21の焼戻温度と焼戻硬さの関係を示します。焼入硬さは800℃から焼入れしたときが最も高く、焼入温度が1000℃のときの硬さはそれよりも大幅に低下しています。

図2

また、図2からも明らかなように、焼戻硬さは焼戻温度の上昇にともなって低下しますが、焼入温度が高いものほど軟化抵抗は大きくなります。これは、焼入温度が高いほど炭素や合金元素の固溶量が多いため、焼戻しにともなう硬質炭化物の析出量も増加するためです。なお、これらの傾向はすべてのSK材およびSKS材において共通の現象です。

冷間金型用ダイス鋼(SKD11等)は質量効果は非常に小さいため、大型・高荷重用の金型によく適用されています。ただし、これらは高合金・高炭素鋼ですからγRを生じやすく、SK材やSKS材に比べて得られる硬さは、焼入れ・焼戻条件の影響を大きく受けます。焼入温度の上昇にともなって得られる焼入硬さは高くなりますが、最高硬さが得られる温度を超えると逆に硬さは低くなります。すなわち、最高硬さが得られる焼入温度よりも低い場合は炭化物の固溶が不十分なためであり、高い温度の場合は炭化物が固溶過多になるため軟質のγRが増加したことによるものです。

冷間金型用ダイス鋼の焼戻しは150~200℃の範囲で行われることが多いため、そのまま焼戻しを行ってもγRは最後まで残存しています。そのため、図3に示すように、150~200℃程度の低温で焼戻したときの硬さは、焼入硬さの高低をそのまま反映しています。しかし、500~600℃の高温で焼戻した場合には、SK材やSKS材と同様に焼入温度が高いほど焼戻軟化抵抗は大きくなります。これらの理由は、焼入温度が高いほど焼戻しにともなう硬質炭化物量が増加すること、γRが分解してマルテンサイトになることです。とくに、焼入れによってγRが多量に生じた場合には硬さが上昇することもあり、このような焼戻しにともなう硬化現象は二次硬化とも呼ばれています。

図3

熱間金型用ダイス鋼も質量効果の小さい工具鋼ですから大型金型にもよく利用されており、これらの一般的な焼入温度は1000~1100℃、焼戻温度は550~600℃位です。その中でも焼入温度は、合金元素としてCr主体のSKD61やSKD62は低め、Wを多量含有するSKD4やSKD5は高めの温度を適用します。一例として、図4に各温度から焼入れしたSKD61の焼戻温度と焼戻硬さの関係を示します。冷間金型用ダイス鋼とは異なりγRはほとんど生じませんから、焼入硬さは焼入温度が高くなっても低下しません。

図4

400℃までの焼戻しでは焼入れ時よりも軟化しますが、その軟化程度は非常に緩慢です。さらに、適正焼戻温度である500~600℃の焼戻しによって二次硬化して、ダイカスト金型などに適正な50HRC程度の硬さが得られます。また、焼戻軟化抵抗に関しても焼入温度の影響はほとんどなく、焼戻硬さは焼入硬さをそのまま反映しています。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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