工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 プラズマCVD適用上の留意事項

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

5-7 プラズマCVD適用上の留意事項

プラズマCVDの成膜温度は熱CVDよりもかなり低温ですから、得られる皮膜は熱CVDによって生成される皮膜に比べて極めて滑らかです。例えば、TiN膜の成膜温度は、熱CVDでは1000℃位ですが、プラズマCVDの場合は500~550℃程度です。そのため。コーティング面の表面粗さは処理前の表面状態に大きな影響を受けます。

図1は、焼入れ焼戻ししたSKH51について、コーティング前に粗さの異なる研磨紙(#150、#320、#1000)による研磨およびダイヤモンド(0.3μm)による鏡面研磨を行い、TiNコーティングしたときの表面粗さ(RzJIS)の変化を示したものです。本図から明らかなように、すべての皮膜の表面粗さは、コーティング前の表面粗さに依存しています。とくにコーティング前のRzJISが0.5μm以上であれば、コーティング後もそのままの状態を維持していることが分かります。すなわち、コーティング品の表面粗さが指定されている場合には、コーティング前に所定の表面粗さを確保しておけばよいことになります。ただし、ダイヤモンドによる鏡面研磨や細かい研磨紙(#1000)による研磨を行った場合には、コーティング後の表面粗さは若干大きくなります。しかし、これらのコーティング後のRzJISは、PVDによって生成されるTiN膜と同等ですから、DCプラズマCVDによって生成される皮膜は非常に滑らかであるといえます。

図1

プラズマCVDによってTiNを成膜する際は、反応物質として四塩化チタン(TiCl4)を用い、しかも成膜温度が低温ですから、膜内に未反応の塩素(Cl)が混入します。膜内におけるClの存在状態は不明ですが、成膜後に真空加熱を行っても比較的高温まで残存しますから、ガス状ではなく未反応のTiCl4として膜内に取り込まれていることが予想されます。すなわち、膜内のClを完全に除去するためには、熱CVDによる成膜温度(1000℃)以上の高温を要すると考えられます。したがって、Clの混入を嫌う製品がコーティング対象品の場合にはプラズマCVDの採用は不適であり、イオンプレーティングや熱CVDに頼らざるを得ないのが現状です。

プラズマCVDによって生成したTiN膜内の膜厚方向におけるClの分布は、図2のグロー放電発光分析(GDS)結果に示すように、濃度勾配はほとんどなく、ほぼ均一であることが分かります。しかも、このCl含有量は成膜温度、成膜圧力、反応ガス量、基板電圧等、種々の成膜条件によって変化します。一例として図3に示すように、他の成膜条件を一定にした場合には成膜温度が低いほど膜内のCl含有量は多くなります。このような膜内へのClの存在は発錆の原因になりますから、プラズマCVDによるコーティング品は他のコーティング品よりも防錆に留意しなければなりません。

図2



図3

プラズマCVDによる皮膜の生成はガス反応によるものですから、PVDよりも大幅につきまわり性に優れていますが、熱CVDに比べてとくに留意すべき事項があります。それは、細孔や狭いすき間内への均一コーティングは困難なことです。その理由は、プラズマCVDによる膜生成がガス同士の熱平衡反応だけでなく、プラズマの援用を必要とするからです。一例として図4に示すように、底付き細孔を有する製品において、細孔内への均一な膜厚を得るのは困難です。すなわち、孔径が小さいほど孔の深さ方向の膜厚が極端に薄くなっており、細孔内ではプラズマの援用効果はほとんど期待できないことが分かります。

図4

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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