工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 焼入れ・焼戻しにともなう金属組織の変化

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

3-2 焼入れ・焼戻しにともなう金属組織の変化

高速度工具鋼の焼なまし組織(購入状態)はダイス鋼と同様に、フェライト(α-Fe)の生地と各種合金元素からなる複炭化物が分散した様相を呈しています。ただし、高速度工具鋼は約4%のクロム(Cr)のほかに、強力な炭化物形成元素であるタングステン(W)、モリブデン(Mo)およびバナジウム(V)が多量に添加されていますから、多種類の複炭化物(複数の合金元素で構成されている炭化物)が存在しています。すなわち、すべての高速度工具鋼において、焼なまし状態では、Crを主体とするM23C6型の(Cr,Fe)23C6、WやMoを主体とするM6C型の(W,Fe)6Cや(Mo,Fe)6C、Vを主体とするMC型のVCの3種類の炭化物が存在します。

図1に示すように、焼入れによってすべてのM23C6と一部のM6Cが固溶して、残りのM6CとMCは未固溶炭化物としてマルテンサイト生地中に残存します。さらに、焼戻しによってM2C型のMo2CやW2Cを主体とする硬質な二次炭化物が析出し、この炭化物が高速度工具鋼の耐摩耗性向上に大きく寄与しています。一例として、図2に焼入焼戻ししたSKH51の顕微鏡組織と透過型電子顕微鏡による抽出レプリカ像を示すように、未固溶炭化物(顕微鏡組織内の白色粒状物)は粗大ですが、二次炭化物(抽出レプリカ像内の灰色粒状物または針状物)は100分の1μm以下であることが分かります。

図1

図2

ただし、このM2Cは遷移炭化物であり、析出温度は540~570℃位に限られますから、この温度範囲が高速度工具鋼の適正焼戻温度になります。すなわち、焼戻温度が高くなると粗大なM6Cに変化しますから、耐摩耗性もできるだけ維持したうえでじん性を重視したい場合には、焼戻温度は変えないで焼入温度を低くするなどして調整するのが一般的です。

切削工具に用いられる高速度工具鋼は、焼戻しによって十分に二次炭化物を析出させることが重要なため、最高の二次硬化を生じる550℃付近の温度で焼戻しされ、しかも最低2回は繰り返す必要があります。その理由は、図1からも明らかなように、1回だけの焼戻しでは十分に二次炭化物が析出しないためです。すなわち、焼入れ直後の高速度工具鋼の金属組織は、マルテンサイトの生地のほかに10数%の未固溶炭化物と20%程度の残留オーステナイト(γR)によって構成されています。

1回目の焼戻しでは、マルテンサイト地から二次炭化物が析出し、γRはマルテンサイト化します。このマルテンサイトは焼入マルテンサイトと同じものですから、この箇所には二次炭化物はほとんど析出していません。これをさらに焼戻すことによって二次炭化物が析出し、生地のじん性だけでなく耐摩耗性も向上します。以上の理由から、高速度工具鋼は2回以上繰り返して焼戻すことによって、各鋼種のもつ特性が引き出されています。

炭化物が微細な粉末ハイスは、焼入温度が1200℃を超えると炭化物が凝集して脆化します。一例として図3に示すように、1250℃から凝集が始まり、1275℃では結晶粒界に沿って這っていくように粗大化していく様相が観察されます。さらに1300℃においては単純な凝集粗大化の状況ではなく異常な形状を呈しています。これは、溶融→凝固の過程で生じる共晶炭化物ですから、この温度では結晶粒界が部分溶融したことが予想されます。

図3

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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