工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 残留オーステナイトの功罪とサブゼロ処理の効果

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

2-4 残留オーステナイトの功罪とサブゼロ処理の効果

工具鋼のうち大半は、焼入温度の上昇にともなって得られる硬さも高くなりますが、最高焼入硬さが得られる温度を超えると逆に硬さは低下します。最高硬さが得られる焼入温度よりも高い温度での焼入硬さの低下は、軟質の残留オーステナイト(γR)が増加したことによるものです。

図1に鋼の焼入れ冷却にともなう生地組織の変化を示します。焼入工程において、加熱状態の生地組織はオーステナイトですが、冷却過程でマルテンサイト変態開始点(Ms点)を通過するとオーステナイト→マルテンサイトの変態が始まります。さらに温度が低くなりマルテンサイト変態終了点(Mf点)に到達すると、100%マルテンサイトになります。ところが、炭素含有量の多い工具鋼では、Ms点は200℃位ですがMf点は室温よりも低いため、焼入れ終了後の室温での金属組織はマルテンサイト+オーステナイトです。このときのオーステナイトのことをγRといいます。

図1

炭素量の少ない鋼のMs点およびMf点は高いため、常温ではγRはほとんど生じません。また、炭素量が多くしかもCrやMoの含有量が多いほどMs点およびMf点が低くなるため、γRが生じやすくなります。さらに、同一組成の鋼種であっても焼入温度が高くなるほど炭素や合金元素の固溶量が増えるため、Ms点およびMf点が低下してγR量も増加します。一例として、図2にSK85の焼入組織を示すように、1050℃の高温から焼入れした場合には粗大で針状のマルテンサイト(着色部)と多量のγR(白色部)が観察されます。

図2

多量にγRが生じたSKD11などを金型などに使用した場合、耐摩耗性不足は当然ですが、下記の1~5に示すような多くの支障をきたします。

  1. 硬質の一次炭化物が少なく生地は軟質なため、耐摩耗性が劣る。
  2. 焼入れ焼戻し後の処理製品の寸法が収縮する。
  3. 経年変化を生じるため、処理製品の寸法が安定しない。
  4. 研削加工時に平面研削盤の固定用磁石につきにくい
  5. 研削加工時の発熱によって研磨割れを生じやすい。

そのため、このγRを分解する目的でSKD11にはサブゼロ処理がよく適用されています。サブゼロ処理とは、0℃以下の温度に冷却する操作のことをいい、通常は焼入れ直後焼戻し前に実施します。サブゼロ処理は切削工具や金型およびゲージなどによく利用されており、その目的は、耐摩耗性の向上と経年変化の防止です。

一例として、図3にSKD11の焼入硬さおよびγR量を示すように、焼入温度が最高焼入硬さの得られる温度を超えると硬さは低下し、同時にγRは増加することが分かります。この硬さ低下の原因は軟質のγRが増加したことによるものですから、サブゼロ(SZ)処理によって硬さを回復させることができます。

図3

図4は、SKD11について、環状試験片を用いて、マルテンサイトとオーステナイトの磁気特性の違いを利用して、サブゼロ温度にともなうγRのマルテンサイト化状況を測定したものです。サブゼロ処理することによって、最大透磁率や飽和磁束密度が上昇し、しかも処理温度が低くなるほどその値は高くなることが分かります。-100℃よりも低くなるとそれらの変化程度は小さくなりますから、サブゼロ処理温度としては-100℃程度まで冷却すれば大半のγRはマルテンサイトに変化したものと推察できます。

図4

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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