工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 工具鋼における合金元素の役割

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第1章 工具に用いられる材料

1-4 工具鋼における合金元素の役割

工具鋼は、基本的には高い硬さを要求されますから、炭素(C)は必ず添加されています。また、合金工具鋼や高速度工具鋼には、炭素以外の合金元素が必ず添加されており、その種類や添加量は、耐摩耗性やじん性などを決定するうえで重要な役割を担っています。

表1に示すように、主な合金元素にはクロム(Cr)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、バナジウム(V)のように炭素と化合して硬質の炭化物を形成するものと、ニッケル(Ni)やコバルト(Co)のように生地に固溶するものがあります。一般には、炭化物形成元素は耐摩耗性の向上に、固溶元素はじん性や耐熱性の向上に大きく貢献しています。

表1

すべての鋼において、高い硬さを得るためには炭素の存在が必要です。すなわち、個々の鋼種として得ることのできる最高焼入硬さは図1に示すように、炭素量によって決まります。なお、図1には該当する炭素量の箇所に機械構造用鋼、工具鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼などJISによる鋼種の記号を示すように、最高焼入硬さには炭素以外の合金元素はほとんど関与しません。

図1

耐摩耗性を高めるためには高い硬さが必要ですから、炭素を多く含有する鋼種を選定することは当然ですが、さらに硬質の炭化物の存在が重要な要素になります。焼入れによって炭素は生地に固溶してマルテンサイトの硬さを高めますが、最大でも70HRC以下の硬さです。炭化物形成元素は炭素と化合して、個々の元素特有の炭化物を生成しますから、生地硬さ+炭化物硬さになり耐摩耗性はさらに高まります。とくにW、MoおよびVの炭化物は2000HV以上の硬さですから、これらを多量に含有する高速度工具鋼は他の鋼種に比べて、耐摩耗性の優れていることが分かります。なお、工具鋼に含有する炭化物の種類や特性については次項以下で紹介しますから、参考にしてください。

使用中に高荷重を受ける金型の場合には、表面だけでなくできるだけ心部まで焼入硬化させる必要があります。また、大型の金型や工具に適用する場合には、質量効果を小さくする必要があります。そのためには、CrやMoなど焼入性を高める合金元素を多量に含有する鋼種ほど有利です。

焼戻し軟化抵抗を高める合金元素であるCr、W、Mo、Vは、高温硬さに対しても有効に作用しますから、これらの元素を多量に含有する鋼種は、高温環境や使用中に昇温するようなところに用いられています。例えば、前項でも紹介したように、ダイカスト金型に多用されているSKD61は、炭素は0.4%程度ですが、約5%のCrと1%程度のMoおよびVが添加されていますから、昇温にともなう軟化程度が緩慢です。さらに、高温硬さを高める役割を担っている元素はCoであり、これは硬質の炭化物は生成しませんが生地に固溶して有効に作用します。そのため、高速度工具鋼の中でも、高速重切削用や高難削材切削用に用いる場合には、Coを多量に含有する鋼種の利用が有効です。

前述のように、W、MoおよびVは2000HV以上の硬質炭化物を生成しますから、耐摩耗性を高めるためには最も有効な元素です。しかし、これらの炭化物は熱的にも非常に安定ですから、焼入加熱にともなう分解固溶が困難です。そのため表2に示すように、これらの元素を多量に含有する高速度工具鋼の焼入温度は、他の鋼種に比べてかなり高温が必要です。とくにMC型炭化物であるVCは焼入加熱ではまったく固溶しませんから、合金元素としてのVはマルテンサイト生地の硬さにはまったく寄与しません。すなわち、Vのみを多量に添加しても硬質炭化物が生成されるだけであり、焼入れしてもマルテンサイト変態は生じませんから、3%以上のVを含有する工具鋼はほとんど製造されていません。

表2

高速度工具鋼の焼入マルテンサイトの生成に最も有効に作用している元素はCrですから、例外なくすべての高速度工具鋼には約4%のCrが添加されています。すなわち、高速度工具鋼におけるCrの役割は、炭素とともに生地に固溶して硬いマルテンサイトを得ることであり、Crが無ければ高速度工具鋼は焼入硬化できません。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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