工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 焼入れ・焼戻しにともなう硬さの推移

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

3-4 焼入れ・焼戻しにともなう硬さの推移

前項で既述したように、焼入焼戻しした高速度工具鋼は焼入温度が高いほど高い硬さが得られますが、これは焼入れによって多量の炭化物が固溶し、焼戻しによって硬質の二次炭化物が多量に析出するためです。

図1は、種々の温度から焼入れしたSKH57の焼戻温度にともなう硬さ推移を示したものです。焼入温度には関係なく、400℃位までの焼戻しによって硬さは低下しますが、それよりも高温では硬さは高くなり550℃付近の焼戻しのときに最高硬さが得られます。しかも高速度工具鋼の最高焼戻硬さは焼入れしたままのときの硬さよりも高くなりますから、この現象は二次硬化と呼ばれています。また、その値は焼入温度が高いほど高くなりますが、これは焼入温度が高いほど多量に炭化物が固溶し、そのために残留オーステナイト(γR)も多量に生じるためです。すなわち、焼戻しにともなう二次硬化は、軟質のγRが分解して硬質のマルテンサイト化すること、二次炭化物であるM2C型炭化物であるW2CおよびMo2Cが析出することなどによるものです。

図1

このM2C型の二次炭化物の構造は六方晶を呈しており、図2に示すように常温平衡状態では存在しない炭化物です。すなわち、高速度工具鋼を540~580℃位で焼戻したときにのみ生じるものであり、製品の耐摩耗性に貢献しています。ただし高温では不安定な炭化物ですから、焼戻温度が上昇して600℃以上になると、安定なM6Cに変化してしまいます。このように、焼戻温度の上昇にともなって変化する炭化物は遷移炭化物と呼ばれており、非常に微細なため、光学顕微鏡では観察することはできません。

図2

以上のように、高速度工具鋼は540~580℃の焼戻しによって最高硬さが得られ、それよりも低温および高温では軟化します。しかし、高速度工具鋼の場合には、この焼戻温度にともなう硬さの変化を実製品に利用することはありません。機械構造用鋼の場合には、焼戻温度が変化しても析出する炭化物は寸法や形状が変わるだけで、種類は変化しませんから、焼戻しによって硬さを調整します。しかし、高速度工具鋼の特性を十分に発揮させるためにはM2Cの存在が必須ですから、要求硬さを満足させるためであっても540~580℃の範囲以外の焼戻温度を利用することはありません。この場合には、焼戻温度は変えないで焼入温度で調整することになります。

また、構成元素の組成が同じ高速度工具鋼であっても、二次硬化程度は異なります。例えば図3に示すように、溶製ハイスであるSKH57と同一組成を持つ粉末ハイスの焼戻推移曲線には差が認められ、粉末ハイスのほうが二次硬化程度の大きいことが明らかです。この現象を生じる原因は含有炭化物の大きさの影響であり、粉末ハイスの炭化物が微細なため焼入れによって多量に固溶したことによるものです。すなわち、粉末ハイスのほうが硬質の二次炭化物の析出量が多かったため、高い硬さが得られたものと思われます。

図3

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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