工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 工具に適用されている窒化の種類と特徴

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

4-5 工具に適用されている窒化の種類と特徴

工具鋼は切削工具や金型に使用されますから、主に耐摩耗性や潤滑特性を向上させる目的で、表面硬化処理の一手段として窒化処理が利用されています。窒化処理法として種々の方法がありますが、工具類を対象とする場合には、図1に示すようなアンモニア(NH3)によるガス窒化がよく利用されています。

図1

窒化処理は、炭素工具鋼や低合金工具鋼に適用されることはほとんどありませんが、工具鋼の中でもダイス鋼や高速度工具鋼は、1000HV以上の高い硬さが得られますから、ダイカスト金型をはじめ種々の分野で利用されています。

処理条件のなかでは窒化温度が窒化層の硬さおよび深さに大きな影響を及ぼします。窒化は窒素の拡散ですから窒化温度が高いほど窒化層深さは大きくなりますが、窒化温度が高くなると窒化層内の窒素濃度が低くなりますから、表面硬さは低くなります。一例として、表1に各種工具鋼ついて、500~600℃で5時間のイオン窒化処理したときの表面硬さを示します。なお、550℃で処理したときの試料に関しては、拡散層(表面から50μmおよび100μmの位置、)の硬さも示しました。この図からも明らかなように、鋼種には関係なく処理温度が高いほど表面硬さは低くなることが分かります。

表1

炭素以外の合金元素を含有しないSK105は、500℃および550℃で窒化処理したときの表面硬さは、700HV以上にまで上昇していますが、拡散層の硬さは400HV以下であり、しかも生地硬さは300HV以下にまで軟化してしまいます。この傾向は合金元素量の少ないSKS3でも同様であり、これらの鋼種は窒化には不向きであることが分かります。

多量の合金元素を現有するSKD11およびSKH51は、550℃までの窒化処理によって1000HV以上の表面硬さが得られており、しかも拡散層および生地でも高い硬さを維持しています。

これらの高い硬さに最も寄与している合金元素はクロム(Cr)であり、窒化処理によって硬質の窒化クロム(CrN)を生成します。Crのほかにモリブデン(Mo)やタングステン(W)を多量に含有しているSKH51は、CrNよりも硬質の窒化物も生成しますから、工具鋼の中では最も高い表面硬さおよび拡散層硬さが得られます。しかも窒化処理温度は焼戻温度と同程度ですから、生地硬さが軟化することはなく、工具鋼の中では最も窒化処理に適した材料であるといえます。

窒化処理がよく適用されているSKD61、SKD11およびSKH51の断面組織を図2に示します。SKD11およびSKH51に観察される最表層の白層は化合物層で、鉄(Fe)窒化物およびCr窒化物で構成されています。その下に観察される濃くエッチングされている箇所は窒素の拡散層であり、この拡散層内には多量のCr窒化物が析出しています。しかも鋼種によっては、窒化物だけでなく窒化前には存在しない異種の炭化物も生成されています。

図2

熱間金型用工具鋼であるSKD61は、ダイカスト金型として使用する場合には、当然のように焼入焼戻し後に窒化処理されています。この場合の窒化処理の適用目的は、溶融金属による溶損や熱衝撃によるサーマルクラックの発生・進行を軽減させることです。とくに溶損の軽減には化合物層の存在が有効であり、サーマルクラックの軽減には拡散層が有効に作用します。また、図3に示すように、焼入焼戻し(QT)後のガス窒化処理は、室温での硬さだけでなく、600℃位までの高温硬さに対しても有効であることが分かります。

図3

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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