工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 チタン系およびクロム系硬質膜の耐高温酸化性

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

6-5 チタン系およびクロム系硬質膜の耐高温酸化性

工具は使用中に温度上昇をともなうことが多いため、これらに応用される硬質膜にも当然耐高温酸化性が要求されます。すなわち、これらの大半は大気中で使用されますから、使用中の温度上昇によって酸素と反応して変質するような皮膜は利用できません。そのため、個々の皮膜の高温酸化性を十分に把握し、要求される使用温度に見合ったものを採用しなければコーティングの効果はまったく期待できません。

1.チタン(Ti)系硬質膜の耐高温酸化性

切削工具には、PVDやCVDによるTiN膜を基本としたチタン(Ti)系の硬質膜が利用されていますが、図1から明らかなように、TiNは500℃を超えると酸化され始めますし、TiCやTiCNに至ってはさらに低い温度でも酸化しますから、これらは重切削加工には不向きであることが分かります。しかし、TiAlNは高温酸化抵抗が大きいため、耐熱硬質膜として切削工具への需要が急増しています。なお本図は、チタン窒化物(TiN)の酸化物(TiO2)への変化にともなう重量の変化を示したもので、酸化が進行すると重量が増加します。

図1

大気中で加熱したときのTi系硬質膜の酸化形態を観察すると、図2にTiCN膜の断面組織に示すように、酸素との反応が始まると最表面に酸化層が形成され、さらに酸化の進行にともなって酸化層が厚くなり、最終的には皮膜は完全な酸化層に変化します。

図2

図3は組成の異なる三種類のTiAlN膜について、図1と同様に熱天秤を用いて乾燥酸素(O2))雰囲気中で加熱した際の酸化重量増を測定した結果です。いずれの皮膜とも酸化開始温度は950℃付近ですが、その後の昇温にともなう酸化速度は膜中のAl含有量が多い皮膜ほど緩やかになることが分かります。これの現象は、高温領域において皮膜表面に生成したAl2O3層が酸化保護膜として有効に作用し、しかも膜中のAl含有量が多い皮膜ほど強固な保護層が形成されることを示唆しています。以上のことから、耐高温酸化性を最重視するのであれば、Alを多量含有する皮膜を選定したほうが有利であるといえます。

図3

2.クロム(Cr)系硬質膜の高温酸化性

図4に各種Cr系硬質膜について、熱天秤を用いて乾燥酸素(O2)雰囲気中で加熱した際の重量の変化を示します。ただし、このときの基材は超硬合金(WC-Co)、昇温速度は2K/min、雰囲気は乾燥酸素(流量:20cm3/min)としたときのものです。すべての皮膜の酸化開始温度は700℃付近であり、耐高温酸化性はTiAlN膜よりは若干劣りますが、TiN膜よりは遙かに高温酸化性が優れているといえます。しかも酸化開始温度に関しては膜種間には大きな差は認められません。しかし、酸化開始温度よりも高温における重量の変化に関しては、個々の皮膜の特徴が見られます。

すなわち、CrVN膜は酸化開始直後から急激に重量が増加し、さらに700℃を超えたところから急激に重量が減少している。高純度Ar中で冷却後に観察したところ、この急激な重量の減少は、急速に成長して厚くなった酸化物層がはく離脱落したためであることが確認されました。すなわち、Vの添加は高温酸化に対してむしろ逆効果であることが推察されます。また、CrN膜やCrAlN膜は酸化開始後900℃位までは緩やかに重量が増加しており、これらの皮膜の酸化速度は比較的遅いことが明らかです。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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