工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 白いシミの再現と解析実験

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第1章 塗料・塗膜の白化現象

1-9 白いシミの再現と解析実験

前回示した図1-35の結果についてコメントすると次のようになります。

  1. 透明性Filler であるステアリン酸亜鉛粉末(以下、Zn粒子と略す)の充てん量の増大に伴い、白化の程度が増大した。このことは、Zn粒子と塗膜樹脂成分(以下、バインダーと略す)間の界面に水が侵入し、図1-30に示す機構で白化する事を裏付けています
  2. 上塗り塗膜により白化が抑制され、室温放置で白化が消えた。このことは、水が上塗り/中塗り塗膜層間に侵入し、Zn粒子を充てんした中塗り塗膜に達していないことを示しています。
  3. 浸せき後、試験片を空気中に取り出し、表面の水分をろ紙で取り除いてから、室温で乾燥させたところ、上塗りのない中塗り塗膜部分はさらに白くなった。これは、メラミン濃度が30wt%のバインダーM30(Tgが38℃)についての結果です。 白化の謎解きをして行く過程で、白化が消える場合とさらに白化が進む場合があることがわかりました。後者の場合には、界面に侵入した水が蒸発した後、バインダーが弾性回復せずに、そのまま空隙として残ったために、バインダーとの屈折率差が大きくなったためと考えられます。

以上の結果は白化の程度を官能試験で評価しており、試験者が異なれば異なった結果になります。そこで今回は、白化の程度を定量化し、白化要因の影響度を数値で表示することに挑戦してみます。

 

質問(25)

前回の表1-2に示す樹脂組成のうち、図1-35はM30についてのピンポイントの結果(50℃/6時間浸せき)ですね。Zn粒子/バインダー間の界面に水が侵入し、屈折率差で白化したと考えられます。このように推理すると、浸せき時の温度と時間の影響は大きいと思います。この点について、どのような見解をお持ちですか。

答え(25)

私は白化程度を定量化しようと考え、素地板につや消し黒エナメル(下塗り)を塗布し、焼付けました。この上に試料である中塗り塗膜が付着していますから、白くなれば反射率が上昇します。色彩計を使用すると、可視光領域のすべての分光反射率を合計してくれ、その値をY値として自動表示してくれます。 Y値は明度を表すパラメータになりますから、Y値が大きいほど白化程度が進行した事になります。いろいろな要因で浸せき前のY値に差異があるので、この初期値をY0、経時のY値をYtとして、必要な場合には、両者の比Yt/Y0を比較することにしました。 ただし、上塗り無しの試験片についてY値を測定しました。温度と時間を変えてY値を測定した結果の一例(M7-Zn12塗膜、メラミン濃度が7wt%のバインダーに、Zn粒子を12wt%充てんした塗膜、以下、同様に表示します)を図1-36に示します。(8)

図1-36温水浸せき試験におけるM7-Zn12試験片のY値の経時変化(図中の数字は浸せき温度)

 

質問(26)

この結果を見ると、予想したようにY値は浸せき温度と時間に伴い上昇していますが、一定値に収束するように見えます。10時間以上も実験するのは厳しいので、何か良い知恵はないですか。もう一つ、浸せきした試験片を温水から取り出し、Y値を測定する時にはどのような操作をしましたか。

答え(26)

Y値の変化は粒子/バインダー間の隙間に水が吸着する現象と見なせます。粒子表面に水の吸着場所が無くなると、白化は止まるであろうから、Y値はある一定値に収束すると考えられます。丁度、防毒マスクに使用する活性炭が溶剤分子を吸着する現象と近似するので、Langmuir型の吸着等温線から飽和吸着量を求める解析法を適用しました。 その解析図を図1-37に示します。(9)変則的なグラフですが、良好な直線関係を示しており、この直線の傾きの逆数がYの収束値Ymになります。Ymの求め方は別途、解説します。Zn濃度やメラミン濃度を一連に変化させたいずれの試験片とも図1-36に示す曲線と同様な傾向を示したので、精度良くYmを求めることが出来ました。

図1-37 Langmuirの吸着等温線を利用したYの収束値Ym を求める手法(図中の数字は浸せき温度)

Zn粒子の充てん濃度を一連に変えたバインダーM7塗膜について、Ym/Y0値に及ぼす浸せき温度の影響を図1-38に示します。(10)もう1点の試験片の取り扱いに関する質問ですが、所定の浸せき時間毎に試験片を取り出し、室温の水中に数分間浸せきします。その後、試験片表面の水を濾紙で拭き取り、素早く、分光反射率を測定しました。 計測後に、図1-39に示す恒温水槽に戻し、約8時間、この操作を繰り返しました。(11)

図1-38   Zn濃度が一連に異なるM7試験片のYm/Y0に及ぼす浸せき温度の影響(図中の数字はZn濃度, Ym、Y0はそれぞれYの収束値、浸せき前の初期値 )

図1-39  温水浸せき試験に使用した恒温水槽とスライドガラス試験片

 

質問(27)

図1-38のグラフより、Ym値は浸せき水温の上昇、およびZn濃度に伴い上昇しますが、Zn濃度が24%になると、温度依存性は小さくなっています。この現象をどのように考えますか。

答え(27)

Zn濃度の増大に伴うYm値の上昇はZn粒子/バインダー間界面の接着性が悪いことに起因します。Zn濃度の増大は水の侵入できる界面の増大を意味しますが、Zn濃度が24%になると、Ymは上限値に達しています。この様子は、図1-40に示すクラスターの形成を意味しています。(12)水を取り込める界面が極大値に達したと考えれば良いでしょう。

図1-40クラスターの形成モデル

さらに、白化要因の一つに取り上げた塗膜のガラス転移温度Tgの影響についても調べました。前回の表1-2に示すメラミン濃度が一連に異なるバインダーについて、それぞれZn濃度12%の塗膜(150℃/20分焼付け)試験片を調製し、50℃の温水浸せきを行った結果を図1-41に示します。(13) ここで見られた面白い現象とは、浸せき時のYmはメラミン濃度が高くなる(Tgが高い)ほど低い値を示しますが、室温(30℃)に放置(約12H)すると、メラミン濃度の低い塗膜は透明、すなわち、Ym→Y0になりましたが、メラミン濃度が高い塗膜では、乾燥後のY値がYm よりも3倍以上も上昇しました。

図1-41メラミン濃度が一連に異なるZn濃度12%試験片のY値の変化( Ym:温水浸せきの収束値、 Yd :乾燥後のY値)

 

質問(28)

図1-41の結果は、塗膜から水が蒸発した時、白化が消える場合とさらに白化が進む場合があることを示しています。この現象の支配要因は塗膜のTgで、Tgが低い場合にはZn粒子界面付近のバインダーが弾性回復して空隙を残さない。その結果、白化が消えたのではないでしょうか。 一方、Tgが高い場合には、侵入した水が蒸発しても、Zn粒子界面のバインダー分子鎖は弾性回復が出来ず、永久変形をしている。その結果、空隙が残るためにYm が相当大きく上昇したと考えられます。まず、この考え方で良いのかどうかと、さらに、何故Tgが白化の要因になるのかについて説明してください。

答え(28)

要点をついた良い説明だと思います。しかし、Tgの高低は何を基準にするのかが不明ですね。そこで、乾燥温度を基準に取り、浸せき→乾燥後の塗膜のY値の変化をTgで整理して見ましょう。水浸漬のYtの経時変化から求めたYm、水浸漬試験片を乾燥させた後のY値をYdとして、Yd/Y0とTgとの関係をプロットすると、図1-42が得られました。(14) 塗膜のTgが乾燥温度よりも低いと、白化は消え、ほぼ完全に元の透明状態(Yd/Y0=1)に戻りますが、塗膜のTgが乾燥温度よりも高くなるに伴いYdはYmよりも上昇、すなわち、白化は乾燥により進行することがわかります。 また、Tgが高い塗膜ほどYmが低いのはバインダー分子鎖の熱運動性と関係し、Zn粒子界面に到達出来る水分子が少なくなるためと考えられます。前回の図1-34に示すように、市販のラッカーサンディングシーラが50℃以下で白化しなかったのは、この塗膜のTgが70℃と高かったためと考えられます。

図1-42  乾燥によるY値の変化とTg との関係( Yd :乾燥後のY値)

 

質問(29)

図1-42の結果は貴重ですね。乾燥温度を塗膜のTgよりも高くすると、白化しても元の状態に回復させることが出来る事を示しています。実証データがあれば紹介してください。

答え(29)

わかりやすい結果を示します。我が家のちゃぶ台は何回も実験に協力してくれ、私を助けてくれます。図1-43に示すように、沸騰水を入れたヤカンを水布巾を敷いたちゃぶ台に載せます。約60分経過後に白いシミ(白化マーク)が出来ていました。 ちゃぶ台の塗膜のTgを測定していませんが、白化マークを高温に設定したヘアドライヤーで、休み休み60分程度、熱風を吹き付けていたら白化マークは消えてなくなりました。白化マークが現れた時には、塗膜のTgよりも高温で乾燥させると白化を消せる事を確認できました。できるだけ速やかに乾燥する方が効果的です。

  • (1) 沸騰水を入れたヤカンを水布巾の上に置いて、60分間放置
  • (1) 沸騰水を入れたヤカンを水布巾の上に置いて、60分間放置
  • (2) 白いシミ(白化マーク)が残る。以前のシミは土鍋跡
  • (2) 白いシミ(白化マーク)が残る。以前のシミは土鍋跡

  • (3) 白化マークをヘアドライヤーで加熱乾燥
  • (3) 白化マークをヘアドライヤーで加熱乾燥
  • (4) 40分経過。僅かに、白化マークが残る
  • (4) 40分経過。僅かに、白化マークが残る
〔引用・参考文献〕 (文献番号は第1回からの通しです)
(8)~(11)、(13)~(14)坪田実, 長沼桂:職業能力開発大学校紀要 第38号A, p.61-66
執筆クレジット:執筆:川上塗料株式會社 社外取締役 坪田実

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

目次をもっと見る

『スプレー・オイル・グリス/塗料/接着・補修/溶接』に関連するカテゴリ