工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

3-1 高速度工具鋼の種類と特性

高速度工具鋼は、従来からドリルやバイトなど切削工具によく用いられていましたが、最近では耐摩耗性を重視した金型類への適用事例も増加しています。JISによる記号はSKH(High Speed:高速)で表示し、通称ハイスとも呼ばれています。工具鋼のなかでは最も耐摩耗性が優れていますが、多種多量の合金元素が添加されていますから高価です。

表1に示すように、高速度工具鋼には約4%のクロム(Cr)が必ず添加されており、Crのほかにタングステン(W)とバナジウム(V)を含有しているW系のものと、それらの他にモリブデン(Mo)も含有しているMo系のものとに分類することができます。

表1

耐摩耗性を最重視するのであれば、硬質の炭化物を形成するWやVを多量に含有する鋼種が有利ですが、じん性の点では不利になります。また、重切削用工具には高い高温硬さを要求されますが、この場合の添加元素としてはコバルト(Co)が有効に作用します。

金型に要求される特性は必然的には耐摩耗性ですが、じん性も重要ですからMo系のSKH51やSKH57がよく用いられています。また、じん性を高めるためには炭化物を微細化する必要がありますから、炭素やその他の合金元素量を調整した多くのブランド鋼が販売されています。一例として、表2に各製鋼メーカーにおける主な高速度工具鋼の鋼種記号を示します。

表2

とくに金型への適用を前提とした改良鋼はC、Cr、Wなどの添加量を減らすことによって強じん性が付与されています。CやWの添加量が減少すると、炭化物が微細化しますからじん性の改善だけでなく、焼入温度を低くできる利点もあります。例えば、SKH51の通常の焼入温度は1200~1240℃ですが、改良鋼は1100~1180℃の範囲です。これらの合金元素量は通常の高速度工具鋼の半分程度であることから、通称セミハイスとよばれています。また、炭化物量は少ないが生地(マトリックス)の組成は高速度工具鋼と同程度であることから、表2の中にも示したようにマトリックスハイスとよばれることも多いようです。

以上のように、高速度工具鋼は金型など多くの金属製品に適用されるようになり、現在ではじん性の優れた粉末ハイスも製造されています。粉末ハイスが登場したのは1970年代で、日本でも1980年以降に各製鋼メーカーで製造されるようになり、現在では表2の中にも示したように多くの鋼種が販売されています。

粉末ハイスとは、焼結技術によって製造されるもので、高価ですが従来の溶製ハイスにはない多くの特徴をもっています。すなわち、図1に焼入焼戻しした高速度工具鋼の顕微鏡組織を示すように、溶製ハイスに比べて炭化物が微細であること、炭化物の形状や分布状態が均一であることなどが特徴として挙げられます。このことは、粉末ハイスの焼入温度は溶製ハイスよりも低温であること、より高い硬さが得られること、焼入れに伴う変形や焼入れ・焼戻し後のじん性の点でも有利であることを示唆しています。

図1

粉末ハイスの組成は溶製ハイスと類似のものも多いようですが、JISではJIS G 4403(高速度工具鋼鋼材)の中でSKH40の1鋼種のみが規定されています。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

目次をもっと見る

『作業工具/電動・空圧工具』に関連するカテゴリ