工具の熱処理・表面処理基礎講座
1-1 工具材料の種類と分類
(1) 工具に要求される特性
工具とは、バイトやドリルなど切削工具、ペンチやドライバーなど作業工具、プレス金型やダイカスト金型など成形用工具、各種治工具など、分類法によっては多くのものがその範疇で取り扱われています。工具に要求される特性は、その使用状況や環境によってそれぞれ異なりますから、最適材料の選定が最重要です。
切削工具の場合、当然耐摩耗性は重要な特性ですが、使用環境が断続加工であれば耐衝撃性の高いことが強く要求されます。また、重切削加工に用いられる場合には刃先が高温になりますから、高温になっても硬さが低下しないで、しかも構成刃先を生じにくいことが要求されます。
金型の場合には、表1に示すように、金型の種類によって、加工の対象になる材料、使用中に負荷される応力、使用環境などが異なりますから、要求される特性はさらに厳しくなります。例えば、プレス金型や冷間鍛造用金型において最重要な特性は耐摩耗性と摺動性ですが、冷間鍛造用金型には耐衝撃性が、ダイカスト用金型など使用環境が高温の場合には耐熱性(耐高温軟化性)が、プラスチック金型の場合には耐食性まで強く要求されます。
なお、金型に使用されるほとんどの材料は工具鋼ですから、その特性を発揮させるためには熱処理が重要な役割を担っており、熱処理の良否が耐摩耗性や耐衝撃性に多大な影響を及ぼします。
また、すべての工具に共通の重要特性である摺動性に関しては、材料や熱処理では付加もしくは高めることは困難ですが、ここでは表面処理の適用が有効に作用します。
(2) 工具材料の種類
すべての工具には高い硬さが要求されますから、図1に示すように、すべての工具材料は硬質であり耐摩耗性が優れています。
工具鋼は、工具材料の中では最もじん性は優れていますが、硬さおよび耐摩耗性は最も劣ります。そのため、金型、各種刃物、作業工具や治工具などに利用されており、旋盤用バイトなどの切削工具に利用されている鋼種は高速度工具鋼のみです。
超硬合金やサーメットは、工具鋼よりも耐摩耗性および耐熱性が優れていますから、旋盤やフライス盤で用いられる切削工具に大量に使用されています。なお超硬合金とは、炭化タングステン(WC)を主成分とした炭化物粉末を結合剤(主にコバルト)とともに焼結したものです。サーメットも基本的には超硬合金ですが、炭化チタン(TiC)を主成分としたもので、結合剤にはニッケル(Ni)やモリブデン(Mo)が用いられます。これらは工具鋼に比べてじん性の点では不利ですから、じん性を高めるために炭化物の微粒化や添加量を調整したものなどが製造販売されています。
セラミックス工具としては、アルミナ(Al2O3)系が最もよく利用されており、ほかには窒化ケイ素(Si3N4)系などがあります。超硬合金やサーメットよりも耐熱性や耐摩耗性が優れていますから、鋼の高速切削用に用いられていますが、使用中に欠損しやすいため適用範囲はあまり広くありません。
超高温高圧焼結材として、ダイヤモンド(PCD)焼結体や六方晶窒化ホウ素(CBN)焼結体が用いられており、これらはセラミックスや超硬合金よりも耐摩耗性が優れています。PCD焼結体は、人工ダイヤモンドの粉末結晶を高温高圧下で焼結したもので、工具材料の中では最も硬い材料ですが、鉄鋼材料とは使用中の発熱によって反応しますから、主にアルミニウムなど非鉄金属用切削工具に用いられています。
CBN焼結体は、CBNの粉末結晶を高温高圧下で焼結したもので、PCD焼結体に次いで硬く耐摩耗性に優れており、鉄鋼材料との反応も生じませんから、PCD焼結体よりも広範囲の領域で利用されています。
『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次
第1章 工具に用いられる材料
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1-1工具材料の種類と分類切削工具や金型など種々の工具に用いられている工具材料には、共通的には高い硬さと耐摩耗性が要求されます。
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1-2工具鋼の種類と分類工具鋼は切削工具や各種金型に使用されるもので、用途によって要求される特性が異なるため、表1に示すように、JISでも多くの鋼種が規定されています。
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1-3工具鋼の焼入性と高温硬さ使用中に高荷重をうける工具の場合は、表面だけでなくできるだけ心部まで焼入硬化させる必要があります。
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1-4工具鋼における合金元素の役割工具鋼は、基本的には高い硬さを要求されますから、炭素(C)は必ず添加されています。
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1-5工具鋼に含有する炭化物の種類と特性鉄鋼材料の種類は非常に多いが、その中でもすべての工具鋼の金属組織は、鉄(Fe)の生地と炭化物によって構成されています。
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1-6工具鋼における炭化物の役割と熱処理挙動焼なまし状態の工具鋼はフェライト(αFe)の生地と炭化物とで構成されており、焼入加熱によって炭化物が分解・固溶してマルテンサイト化して硬化します。
第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し
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2-1炭素工具鋼、合金工具鋼の種類と特性工具鋼のうち、炭素工具鋼(SK)および合金工具鋼(SKS、SKD、SKT)は、主に治工具や各種金型に利用されています。
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2-2焼入れ・焼戻しにともなう金属組織の変化焼入れ・焼戻しによって特性を付与される工具鋼は、購入時(焼なまし状態)の組織は例外なくフェライト(α-Fe)+炭化物です。
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2-3焼入れ・焼戻しにともなう硬さの推移炭素工具鋼(SK材)は炭素以外の合金元素は添加されていませんから、質量効果が大きいため大型の工具には不向きです。
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2-4残留オーステナイトの功罪とサブゼロ処理の効果工具鋼のうち大半は、焼入温度の上昇にともなって得られる硬さも高くなりますが、最高焼入硬さが得られる温度を超えると逆に硬さは低下します。
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2-5焼入れ・焼戻し条件と機械的性質の関係工具鋼に要求される重要な機械的性質は延性とじん性ですから、工具鋼を対象にして適用されている機械試験は衝撃試験および抗折試験です。
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2-6焼入れ・焼戻しにともなう寸法変化一般に工具鋼は、焼入れ工程におけるフェライト(加熱前)→オーステナイト(加熱保持中)→マルテンサイト(焼入冷却後)の組織変化にともなって、図1に示すように下記の(1)→(4)の順に寸法変化します。
第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し
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3-1高速度工具鋼の種類と特性高速度工具鋼は、従来からドリルやバイトなど切削工具によく用いられていましたが、最近では耐摩耗性を重視した金型類への適用事例も増加しています。
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3-2焼入れ・焼戻しにともなう金属組織の変化高速度工具鋼の焼なまし組織(購入状態)はダイス鋼と同様に、フェライト(α-Fe)の生地と各種合金元素からなる複炭化物が分散した様相を呈しています。
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3-3焼入温度と硬さおよび結晶粒度の関係高速度工具鋼は、焼入加熱によって熱処理前から存在するすべてのM23C6と一部のM6Cが固溶して、その後の焼入冷却にともなうマルテンサイト変態によって硬化します。
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3-4焼入れ・焼戻しにともなう硬さの推移前項で既述したように、焼入焼戻しした高速度工具鋼は焼入温度が高いほど高い硬さが得られますが、これは焼入れによって多量の炭化物が固溶し、焼戻しによって硬質の二次炭化物が多量に析出するためです。
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3-5焼入れ・焼戻し条件と機械的性質の関係焼入温度は、高速度工具鋼においても、じん性や延性など機械的性質に多大な影響を及ぼします。
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3-6真空熱処理適用上の留意事項真空とは、大気圧(1.013×105Pa)よりも低い圧力の空間すべてであり、圧力の範囲によって低真空(105~102Pa)から超高真空(10-5Pa以下)の領域まであります。
第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用
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4-1工具への表面処理の適用目的と効果金属加工業界を取り巻いている課題は図1に示すように、加工技術に関するものと省資源・環境汚染対策があり、当然低コスト化も十分に加味しなければなりません。
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4-2工具に適用されている表面処理の種類と分類工具には多種多様の表面処理法が採用されており、工具の種類や使用条件によって使い分けられています。
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4-3工具に適用されている表面処理の特徴表面処理を適用する際に、処理対象物に要求される効果を十分に満足させるためには、個々の表面処理の特徴をよく理解しなければなりません。
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4-4工具に適用されているめっきの種類と特徴めっきとは、水溶液中での処理ですから一般には湿式めっきとよばれており、図1に示すように、電気エネルギーを利用する電気めっきと外部からのエネルギーを必要としない化学めっき(無電解めっき)に大別されます。
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4-5工具に適用されている窒化の種類と特徴工具鋼は切削工具や金型に使用されますから、主に耐摩耗性や潤滑特性を向上させる目的で、表面硬化処理の一手段として窒化処理が利用されています。
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4-6工具に適用されている炭化物被覆の種類と特徴鉄鋼製品を対象として、耐食性や耐摩耗性を向上させる目的で、金属元素の拡散浸透処理が利用されています。
第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用
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5-1工具へのPVD、CVDの適用効果工具類は、使用中に相手との高面圧での摩擦を伴いますから、耐摩耗性が強く要求され、その防御策として種々の表面硬化処理が適用されています。
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5-2PVDの種類と成膜原理PVD(Physical Vapor Deposition)とは物理蒸着法と呼ばれているもので、図1に示すように、一般には真空蒸着、スパッタリングおよびイオンプレーティングに大別されています。
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5-3イオンプレーティングの変革と特徴最初に提案されたイオンプレーティングは直流(DC)放電法で、処理物(陰極)への電圧印可によって発生する直流グロー放電を利用するものです。
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5-4PVD適用上の留意事項PVDによる皮膜の生成においては、基材を加熱する必要はないため低温成膜法として位置づけられています。
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5-5CVDの種類と成膜原理CVD(Chemical Vapor Deposition)とは、化学蒸着法と呼ばれているもので、複数のガス同士の相互反応によって皮膜を生成するものです。
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5-6熱CVD適用上の留意事項熱CVDの最大の特徴は皮膜のつきまわり性が優れていることですが、鉄鋼材料が対象の場合には変態点以上の高温で成膜されますから、適用上の留意事項が多々あります。
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5-7プラズマCVD適用上の留意事項プラズマCVDの成膜温度は熱CVDよりもかなり低温ですから、得られる皮膜は熱CVDによって生成される皮膜に比べて極めて滑らかです。
第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用
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6-1PVD、CVDによる硬質膜の種類と分類最初に工業的に適用された硬質膜はTiNです。TiNは金色を呈していますから、当初の対象製品は装飾品など金めっきの代替品としての利用でしたが、硬質であること、摩擦係数低減効果があることから、切削工具に適用されるようになりました。
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6-2硬質膜の硬さおよび摺動特性評価法PVDやCVDによる硬質膜の表面硬さは、一般にはマイクロビッカース硬さ試験機で測定しますが、実用的な膜厚が1~5μm程度の薄膜ですから、測定荷重や基材硬さの影響を大きく受けます。
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6-3チタン系硬質膜の硬さと摺動特性工業的規模で生成されている主なチタン系硬質膜は、TiN、TiC、TiCNおよびTiAlNで、それぞれ使用条件によって使い分けられています。
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6-4クロム系硬質膜の硬さと摺動特性クロム系硬質膜を代表するものはクロム(Cr)と窒素(N)の化合物で、化学組成によってCr、Cr2N、CrNなどに分類することができます。
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6-5チタン系およびクロム系硬質膜の耐高温酸化性工具は使用中に温度上昇をともなうことが多いため、これらに応用される硬質膜にも当然耐高温酸化性が要求されます。
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6-6ダイヤモンド膜の生成法と構造ダイヤモンドは現存する物質の中では最も硬く、しかも機械的、電気的、化学的、光学的など、他の物質では得ることのできない優れた特性を持っています。
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6-7DLC膜の生成法と構造DLC膜の生成法は、炭素の供給源によって大別され、図1に示すように、固体の黒鉛(グラファイト)を用いる方法と炭化水素系ガスを用いる方法とがあります。
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6-8DLC膜の摺動特性とドリルへの適用効果DLC膜の無潤滑環境下における摩擦係数は図1に示すように、種々の物質に対して0.2前後であり、摩擦相手材に対して優れた摺動特性を有しています。
第7章 工具の損傷事例と対策
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7-1工具の寿命に及ぼす因子工具寿命に及ぼす因子には、図1に示すように、設計上の問題、材料の問題、加工の問題および使用の問題があります。
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7-2材料不良、エッジ効果による金型の破損事例前項で述べたように、工具寿命に対して材料の問題と設計の問題は重要項目であり、とくに材料では炭化物の偏析、設計に関するものではエッジ効果が原因の破損が多く発生しています。
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7-3後工程が原因の不具合事例金型をはじめ多くの工具類は、焼入焼戻し後に研削加工や研磨加工することが多く、加工時の発熱が原因で不具合を生じることがあります。
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7-4硬質膜の密着不良の原因とはく離事例硬質膜の生成法には多くの種類がありますが、それらを採用するためには、皮膜の密着性は共通の重要課題です。
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7-5熱CVD処理品の破損事例熱CVDはPVDよりは処理温度が高いので、変形や変寸に関してよく問題を生じますが、膜生成は複数のガス同士の反応によりますから、複雑形状品であっても均一なコーティングが可能です。
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7-6表面処理した工具の腐食発生事例腐食とは、化学的因子によって生じる損傷のことで、乾式による腐食(乾食)と湿式による腐食(湿食)とがあり、とくに後者が問題になります。