工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 ダイヤモンド膜の生成法と構造

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

6-6 ダイヤモンド膜の生成法と構造

ダイヤモンドは現存する物質の中では最も硬く、しかも機械的、電気的、化学的、光学的など、他の物質では得ることのできない優れた特性を持っています。そのため、ダイヤモンドが皮膜として得られれば、多くの分野での適用が期待できます。

人工ダイヤモンドの合成は、1955年に米国で開発されて以来、現在でも高温高圧下で行われていますが、得られるものは粒状または粉末に限られています。ダイヤモンド膜の生成は、1982年に熱フィラメントCVDによる方法が発表されてから、現在までにマイクロ波プラズマCVD、直流プラズマCVD、高周波プラズマCVD、アセチレントーチによる燃焼炎法など種々の手法が報告されています。代表例として、図1に熱フィラメントCVDとマイクロ波プラズマCVDの概略を示します。いずれも簡易な装置ですが、結晶性の優れたダイヤモンド膜が生成されています。成膜用の原料には炭化水素系ガス(メタンなど)と水素ガスとの混合ガスが用いられ、600~1000℃(主に850℃位)で膜生成されています。

図1

熱フィラメントCVDによる方法は、処理物の直上数mm~数10mmに設置されたフィラメント(約2000℃に加熱)から放出される熱電子によって反応ガスを励起分解し、ダイヤモンド膜を堆積させるものです。反応ガスには、通常はメタン(CH4:0.5~3.0%)+水素(H2)が用いられ、生成圧力は5~30Torr程度です。反応ガスは、熱電子によって活性なラジカル(炭化水素ラジカルと水素ラジカル)に励起され、基板上で水素成分やグラファイト成分が排除されてダイヤモンド結晶が生成されます。なお、マイクロ波プラズマCVDによる方法は、処理物の加熱と反応ガスの励起分解の両方をマイクロ波によって行うものです。

一例として、図2に熱フィラメントCVDおよびマイクロ波プラズマCVDでシリコン基材上に生成されたダイヤモンド粒子を示します。これらの状況は成膜開始初期の様相であり、これらの粒子が核となって増大して図3に示すようなダイヤモンド膜が形成されます。

図2

図3

カーボンにはその構造によって多くの同素体があり、各種カーボンのラマンスペクトルを図4に示します。黒鉛(グラファイト)はsp2結合ですが、ダイヤモンドは結晶性が優れたsp3結合であり、次回紹介するDLC膜はsp2結合とsp3結合をもつカーボン膜です。

図4

以上のように、ダイヤモンド膜は様々な方法で生成可能ですが、原料ガスが炭化水素系ガスであること、成膜温度が600℃以上であること、などの理由で適用材料が限定されますから、現状では工業的な適用分野は限られています。ちなみに現状では、ダイヤモンドコーティング工具としては、超硬合金製ドリルが製造販売されている程度です。

処理物が鋼であれば、そのまま適用しても浸炭処理(炭素の固溶)を行うことになり、鋼上にはダイヤモンド膜は形成されません。すなわち、鋼を対象にするのであれば炭素の固溶を抑制するための前処理(中間膜として炭化物形成金属をコーティングするなど)が必要です。また、粒子の集合体であるため表面粗さが大きく、鏡面が要求される金型などに利用される場合には、研磨が必要ですが、現状では超硬質のダイヤモンド膜の実用的な研磨法は確立されていません。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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