工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 工具鋼に含有する炭化物の種類と特性

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第1章 工具に用いられる材料

1-5 工具鋼に含有する炭化物の種類と特性

鉄鋼材料の種類は非常に多いが、その中でもすべての工具鋼の金属組織は、鉄(Fe)の生地と炭化物によって構成されています。そのため、工具鋼の特性は炭化物の種類、大きさ、形状、含有量および分布状態によって多大な影響を受けますから、炭化物の種類や特性を知ることは非常に重要です。

表1に示すように、工具鋼に存在する炭化物にはM3C型、M23C6型、M7C3型、M6C型、MCおよびM2C型があり、これらは炭素含有量、合金元素の種類および合金元素の含有量によって決まります。この炭化物の型を表す場合のMはMetal(金属)の頭文字を意味します。例えば、M3C型炭化物中のMはFe主体ですが、M23C6型やM7C3型炭化物が生成されるためにはCrの存在が、M6C型炭化物が生成されるためにはFeのほかにWまたはMoが必要です。

表1

(1) M3C型炭化物

M3C型炭化物は、機械構造用鋼や炭素工具鋼に存在する基本的な炭化物であり、一般的なものはFe3Cです。M3Cは炭化物の中でも比較的熱分解しやすいため、A1変態点以上の温度で加熱することによって生地中に容易に固溶します。また、図1に示すように、この炭化物は平衡状態では層状(板状)ですが、この形状ではじん性の点では不利なため、M3Cを多量に含有する炭素工具鋼などは焼なましによって球状化されています。

CrやMoなどを少量含有する低合金工具鋼(SKS材)の場合は、Fe原子の一部がこれら合金元素に置換されます。例えば、Crに置換された場合の炭化物は(Fe.Cr)3Cであり、Fe3Cよりも硬質ですから耐摩耗性の点では有利に作用します。

図1

(2) M23C6型、M7C3型炭化物

これらは高クロム(Cr)鋼に存在する炭化物で、基本的にはCr23C6やCr7C3ですが、実用鋼ではCrの一部がFeに置換しているため、(Cr,Fe)23C6 や(Cr,Fe)7C3で表示します。また前項でも述べたように、高Cr鋼であっても、存在する炭化物がM23C6型か、またはM7C3型なのかはCr含有量とC含有量の比率によって決まります。すなわち、M23C6型のほうがM7C3型に比べて、Cr含有量の比率が高い鋼種に存在します。

一般には、図2に示すようにM23C6型に比べてM7C3型のほうが粗大ですが、M7C3型であっても、CおよびCr含有量が少ない鋼種の場合には微細です。

図2

(3) M6C型炭化物

MoやWを含有する鋼に存在し、(Fe,W)6や(Fe,Mo)6で表示します。とくに高速度工具鋼においては、焼入れしても固溶し難く熱処理条件に関係なく多量に存在しますから、耐摩耗性を高めるべく重要な役割を担っています。

(4) MC型炭化物

高速度工具鋼などVを含有する鋼にVCもしくはV4C3として存在し、焼入れしても固溶しないで耐摩耗性向上に大きく寄与しています。VCの他にはWC、TiC、TaCなどもあり、これらは他の炭化物に比べて著しく硬さが高いため、超硬合金の成分として利用されています。一例として、図3に高速度工具鋼に存在するM6およびMC型炭化物を示します。

図3

(5) M2C型炭化物

M2C型は、実用鋼種では高速度工具鋼を550℃位で焼戻したときにのみ析出するもので、焼戻しにともなう二次硬化の因子の一つでもあり、製品の耐摩耗性に寄与しています。ただし、非常に微細なため光学顕微鏡では観察できません。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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