工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

5-6 熱CVD適用上の留意事項

熱CVDの最大の特徴は皮膜のつきまわり性が優れていることですが、鉄鋼材料が対象の場合には変態点以上の高温で成膜されますから、適用上の留意事項が多々あります。

(1) 成膜用ガスと処理物との反応

熱CVDによって生成される皮膜の膜厚は、処理物が鋼の場合は成膜条件だけでなく、含有合金元素の種類や炭素含有量まで大きく関わってきます。鋼には必ず炭素が含有しており、熱CVDによる成膜温度は900~1100℃位のオーステナイト領域ですから、鋼中の炭化物の多くは生地中に固溶します。そのため、成膜過程ではガス反応による膜生成だけでなく、固溶した鋼中の炭素とも反応ガスが反応してTiCが生成されます。

図1は、代表的な工具鋼について、熱CVDによって生成したTiC(最下層)/TiN(最表層)膜の平均膜厚を示したように、同一成膜条件であっても鋼種間には大幅な膜厚の差が見られます。すなわち、成膜温度である960~1020℃では炭化物が容易に固溶するSK材やSKS材の場合には、固溶した炭素と成膜ガスが活発に反応して多量のTiCが生成されますから、生成される皮膜の厚さは、SKD11やSKH51に比べて3倍位にもなっています。

図1

この基材中の炭素と成膜ガスとの反応は、図2に示すような皮膜直下の脱炭にともなう軟化や炭化物の凝集にともなう脆化の起因になりますから、熱CVDによる成膜温度や熱CVD前後の焼入温度を低くするなど,十分な対策を講じなければなりません。とくに粉末ハイスは、高温での長時間加熱によって炭化物が凝集しやすいため、注意が必要です。

図2

(2) 表面粗さ

熱CVDによって得られる皮膜の問題点のひとつとして、表面粗度の大きいことがあげられます。図3は代表的な金型材であるSKD11について、予め#150、#320、#1000の研磨紙による研磨およびダイヤモンドによる鏡面研磨を行い、TiC(最下層)/TiN(最上層)コーティングしたときの表面粗さ(RzJIS)を示したものです。未処理状態の表面粗さが大きい場合は、成膜後の表面粗さは、前研磨によって得られた表面粗さに依存しています。しかし、予め#1000の研磨紙による研磨やダイヤモンドによる鏡面研磨を行って、表面粗さをRzJIS0.2μm以下にした場合には、前研磨後の粗さには関係なくRzJIS0.3~0.4μmになります。以上のことから、熱CVDを採用する際は、予めRzJIS0.3~0.4μm以下の表面粗さにしておくことが望ましいことが分かります。

図3

(3) 寸法変化

処理物が鋼の場合は、熱CVDは変態点以上のオーステナイト領域で行い、さらに後熱処理として焼入れ焼戻しが必須のため、各処理工程において寸法は大きく変化します。図4は、SKH51試験片を用いて、熱CVD工程における寸法変化を測定した結果です。前処理が機械加工のままおよび低温焼なましの場合は、熱CVD処理によって収縮し、その後の焼入れ焼戻しによって処理前の寸法よりも大幅に膨張しています。予め焼入れ焼戻しを行ってから所定の寸法に仕上げた場合は、熱CVDによって大きな収縮現象が見られますが、後熱処理の焼入れ焼戻しによって膨張して、処理前とほとんど同寸法にまで回復することが分かります。

画像名

以上のことから、寸法変化量を極力抑えるためには、処理前の金属組織を処理工程の最終金属組織と同じものになるように調整することが、もっとも有効な手段であるといえます。ただし、熱CVD処理の前後で焼入れ焼戻しを行うことは、処理工程中に3回も変態点を往復することになりますから、単純な寸法変化よりも変形に注意しなければなりません。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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