工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第7章 工具の損傷事例と対策

7-5 熱CVD処理品の破損事例

熱CVDはPVDよりは処理温度が高いので、変形や変寸に関してよく問題を生じますが、膜生成は複数のガス同士の反応によりますから、複雑形状品であっても均一なコーティングが可能です。したがって、金型への硬質膜の生成によく利用されています。しかし、第5章でも述べたように、熱CVDによって生成される皮膜は全般的に表面粗さが粗いため、プラスチック成形用金型など鏡面を要する金型の場合は、成膜後の研磨が必須になります。

また、図1に示すように、処理物の表面に深い溝状の傷が存在する場合には、コーティング過程ではその傷を覆うことは不可能です。すなわち、熱CVDによる成膜過程では、処理物の表面形状に沿って均一に皮膜が生成されますから、コーティング後の膜表面にもそのまま溝状の傷模様として反映されます。このような状態の皮膜表面を研磨しても、この溝状の傷は最終製品にも残存しますから、その残存傷には使用中の応力が集中することになり、皮膜のはく離や破損の要因になる恐れがあります。

図1

また、このような表面傷が完全に消えるまで研磨したのでは、皮膜の大半が除去されてしまいますからコーティングの効果が失われてしまいます。予め粒度の細かい研磨紙やバフなどで研磨して前研磨後の表面粗さを小さくした場合には、皮膜上には溝状の傷は観察されないで、全面に渡って均一で一定の表面粗さを呈するようになります。

ちなみに、図2は、旋盤加工によるツールマークが存在する箇所に成膜した際の表面状態と、その断面の顕微鏡組織を示します。なお、このときの皮膜はTiC(最下層)/TiCN/TiN(最上層)膜であり、ツールマークに沿って忠実に膜生成されていることがよく分かります。そのため、皮膜表面には処理物のツールマークが反映した溝状部が明瞭に観察され、しかも、その部分に応力が集中して表面クラックに発展しています。このようなクラックに発展すると、後加工の研磨では解消できませんから、使用中に皮膜のはく離や破損の大きな要因になってしまいます。以上のことから、コーティング後に研磨を要する製品に対して熱CVDを適用するのであれば、粗いツールマークは予め除去すべきであることが明らかです。

図2

熱CVDコーティング工具特有の損傷原因として、処理に伴う炭化物凝集があります。一例として、図3に熱CVDによってTiC/TiN(最表層)コーティングした粉末ハイス製六角パンチの金属組織を示します。このパンチは使用開始して短期間で破損したもので、この図は、破損原因を特定するために金属組織試験を行った結果です。熱CVDでは1000~1050℃で数時間加熱し、さらに後工程で焼入れ焼戻ししますから、炭化物の固溶過多や凝集を生じることがあります。とくに粉末ハイスに含有する炭化物はMoやW主体のM6CやV主体のMCであり、溶製ハイスに比べて非常に微細です。しかも、高温で加熱されてもあまり固溶しませんから、コーティング中および後工程の焼入れによって凝集する恐れがあります。

図3

本図の製品も、本来は微細粒状である炭化物が凝集した様相を呈しており、これが短期破損の原因であることが判明しました。

 

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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