工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 焼入れ・焼戻しにともなう寸法変化

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

2-6 焼入れ・焼戻しにともなう寸法変化

一般に工具鋼は、焼入れ工程におけるフェライト(加熱前)→オーステナイト(加熱保持中)→マルテンサイト(焼入冷却後)の組織変化にともなって、図1に示すように下記の1→4の順に寸法変化します。

図1

  1. O→A:フェライト+炭化物が加熱温度の上昇にともなって膨張する。
  2. A→B:A点(オーステナイトへの変態開始点でSK材の場合は727℃)でフェライト→オーステナイトの変態を生じて収縮する。その後、所定の焼入温度のB点までは温度上昇にともなって膨張する。
  3. B→C:冷却にともなってオーステナイトが収縮する。
  4. C→D:C点(Ms点)でオーステナイト→マルテンサイトの変態が始まり、以後温度低下にともなうマルテンサイト量の増加によって膨張する。

以上のように、一般には焼入れによって鋼は膨張し、その程度は固溶した炭素量に比例します。しかし、過多に炭素が固溶すると、多量の残留オーステナイト(γR)を生じますから、この場合は収縮することもあります。一例として、図2にSKD11の焼入れおよび焼戻し後の体積変化を示します。焼入温度が高いほど収縮しており、この原因はγR量が増加するためです。しかも、180℃で2時間の焼戻しを行ってもさらに収縮しています。このときの焼戻しにともなう寸法変化は、焼入マルテンサイト(体心正方晶)からのε炭化物の析出による収縮であり、この程度の低温ではγRは変化しないためです。なお、この場合、焼入れ後にサブゼロ処理(SZ処理)を施すと、すべてのものが膨張します。

図2

例えば、図3はSKD11の寸法変化に及ぼす焼入温度およびSZ処理の影響を示したものです。950℃から焼入れした場合は、SZ処理の有無に関係なく若干膨張しており、γRの影響はほとんどないことが分かります。しかし、焼入温度が高くなると焼入れのままでは収縮していますが、SZ処理することによって膨張側に移行します。

図3

なお、寸法変化は処理物全般に渡って均一に生じるわけではなく、製鋼時の鍛造や圧延にともなう材料の方向性も無視できません。とくにダイス鋼など高合金高炭素の工具鋼に含有する粗大炭化物は、焼なましなどの熱処理を施しても変化しませんから、鍛伸時の影響は最終工程にまで及びます。例えば、図3からも明らかなように、焼入れ時の鍛伸方向の収縮程度は比較的小さいが、直角方向は焼入温度が高くなると収縮程度が非常に大きくなります。そのため、SKD11を用いて寸法精度も重視する場合には、熱処理条件だけでなく、材料の方向性にも十分な配慮が必要です。

以上のように、ダイス鋼のような高合金工具鋼は、焼入れによって多量のγRが生じて収縮しますが、SZ処理だけでなく高温焼戻しでも膨張します。すなわち、500~600℃の焼戻しによってγRが分解してマルテンサイトに変わることによって膨張します。そのため、高温焼戻しを行う場合にはSZ処理は省略します。ただし、この場合には高速度工具鋼の焼戻しの場合と同様に、十分に二次炭化物を析出させるために2回以上の焼戻しが推奨されます。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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