工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

5-1 工具へのPVD、CVDの適用効果

段落

工具類は、使用中に相手との高面圧での摩擦を伴いますから、耐摩耗性が強く要求され、その防御策として種々の表面硬化処理が適用されています。図1に、工具に適用されている各種表面硬化処理によって得られる硬さを示します。とくにPVDやCVDは、他の表面硬化処理法に比べて広範囲の硬さが得られますから、使用条件によって要求される特性が異なるような工具類には最適な表面処理と言えます。

図1

工具を取り巻く課題については前章でも紹介したように、加工技術に関するもの、省資源、環境汚染に関するものなどがあり、これらの課題解決のためにPVDおよびCVDによる硬質膜の適用が期待されています。すなわち、図2に示すように、工具類の摩擦摩耗特性の改善が期待されており、そのためにPVDやCVDによって生成される硬質膜を利用して、摩擦係数の低減および耐高温酸化性の向上が図られています。

図2

潤滑剤として使用している石油類の省資源対策、地球環境汚染物質である添加剤の排出規制、などの課題解決に貢献すべく,最終目標である完全ドライ化をめざして、摩擦係数を低減すべく表面処理の開発が望まれています。現在最も期待されている表面処理としては、耐摩耗性も加味したものとしてPVDやCVDによるDLC膜関連技術があげられ、ドライ環境下での切削加工や塑性加工事例も徐々に増えています。

図3に硬質膜の適用目的を示すように、耐摩耗性や摩擦係数の低減だけでなく、耐食性や耐熱性なども切削工具や金型には重要な特性であり、PVDやCVDによる硬質膜の重要な適用目的になっています。以上のように、硬質膜をコーティングすることによって耐摩耗性や潤滑特性など種々の特性が付与されますから、その結果として多くの効果が期待できます。例えば、切削工具や金型に適用した場合には、長寿命化や短納期化など処理物自身に関するもの、精度向上や加工対象物の拡大など被加工品の品質に関するもの、加工時間の短縮など生産性に関するものなど、多くの効果が期待できます。

図3

とくに最近は、大量生産よりも多品種少量生産の傾向が強く、各種製品のモデルチェンジ間隔が短期化している。そのため、金型に対して、長寿命化よりも納期短縮の要求のほうが強くなってきている分野もあります。例えば、プラスチック成形用金型の例では、使用時にあまり高面圧が負荷されない場合には、金型材としてアルミニウム合金が用いられ、機械加工後に耐食性や離型性付与のためにイオンプレーティングによって硬質膜コーティングを施すなどの事例があります。このような硬質膜の利用は、金型の軽量化や金型コストの低減など相乗効果も期待することができます。

また、切削工具の場合も長寿命化は当然の効果ですが、従来の工具では加工が困難であった高硬質材や難加工材の加工が可能になり、さらには加工速度の高速化や被加工面の改善効果なども期待することができます。

最近は、資源・環境問題が深刻化しており、現在潤滑油を多量に使用している分野である切削加工、塑性加工、摺動機械などの無潤滑化は早急に解決すべき問題です。とくにPVDは処理工程においても環境汚染物質の排出もほとんどありませんから、これらの解決策の一手段としても硬質膜の適用が非常に期待されています。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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