工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 イオンプレーティングの変革と特徴

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

5-3 イオンプレーティングの変革と特徴

最初に提案されたイオンプレーティングは直流(DC)放電法で、処理物(陰極)への電圧印可によって発生する直流グロー放電を利用するものです。この方法は、処理物そのものがプラズマ内にさらされるため、成膜時に温度が上昇しやすく、しかも成膜圧力が高いため膜粒子が粗くなりやすいなどの問題がありました。また、イオン化効率が低いため反応性イオンプレーティングは困難であり、工具を対象とするような硬質膜の生成は不可能でした。その後、これらを改善する目的で、図1に示すように種々のイオンプレーティングが開発され、1970年代には炭化物や窒化物の成膜までも可能になりました。

図1

高周波励起法(RF法)は通称RF(Radio Frequency)法とよばれており、高周波振動(周波数:13.56MHz)によってイオン化を促進するもので、処理物の温度上昇が小さいことが特徴です。工業的には装飾や機能性付与を目的とする金属膜や種々の化合物膜の生成用として利用されています。

活性化反応蒸着法(ARE法)は通称ARE(Activated Reactive Evaporation)法とよばれており、イオン化は蒸発源直上に配置されたリング状、板状または網状のプローブ電極によって促進されます。RF法と同様に成膜時の温度上昇が小さいため、プラスチック材料など低融点材料への成膜も可能です。

中空陰極放電法(HCD法)は通称HCD(Hollow Cathode Discharge)法とよばれており、蒸発源の加熱およびイオン化はアルゴン(Ar)ガスの中空陰極放電によって発生する電子ビームによるものです。ARE法やRF法のような特殊なイオン化促進手段を必要としないのが特徴で、生産性にも優れていますから切削工具をはじめ種々の製品に広く利用されています。

RF法、ARE法およびHCD法は水冷ルツボ中で蒸発物質を加熱して蒸発させる方式ですが、アーク蒸発法は、蒸発源をターゲットとして直接アークで蒸発させる方法です。そのため、ターゲットの作製が可能であれば合金膜や複合膜の生成も容易であるなど広範囲の膜種に対応できること、さらにはインライン化も容易なことからイオンプレーティングの用途拡大に大いに貢献しています。

以上のようにイオンプレーティングには多くの成膜法がありますが、工具を対象とした耐摩耗皮膜の生成に利用されている成膜法はHCD法またはアーク蒸発法です。最初に工業化された方式はHCD法で、現在でも工具類を中心にTiNを主体としたチタン系硬質膜の生成に利用されています。アーク蒸発法が開発されてからは、TiAlN膜やCrAlN膜など膜種が多様になり、さらに需要が増加しています。

ただし、図2に示すように、アーク蒸発法によって生成された皮膜の表面には、ドロップレット(マクロパーティクルともよばれている)が飛散しやすいため、成膜面の粗さの点では他の方式よりも不利になります。また、図3に、アーク蒸発法によって生成したCrN膜の断面組織を示すように、OM像には数カ所にドロップレットが観察され、SEMによる皮膜断面の拡大図からは、ドロップレットは塊状物を包み込むようにして生じていることが分かります。すなわち、このドロップレットは、成膜中に未反応のCrが飛散して処理物に付着し、その上に引き続きCrNが堆積したことによって発生したことを裏付けています。なお、このドロップレットは脱落しやすく、脱落跡はクレーター状になりますから、潤滑環境下で使用される場合には潤滑剤の保持効果が期待できます。

図2

図3

以上のことから、滑らかな表面を要求される場合にはHVD法のほうが有利であり、潤滑環境下で使用される場合にはアーク蒸発法の適用が有効です。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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