工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

5-2 PVDの種類と成膜原理

PVD(Physical Vapor Deposition)とは物理蒸着法と呼ばれているもので、図1に示すように、一般には真空蒸着、スパッタリングおよびイオンプレーティングに大別されています。これらは減圧低温成膜技術であり、膜生成は膜原料の真空中における蒸発気体もしくはスパッタ粒子によるものですから、基本的には処理物を加熱する必要はありません。そのため、適用基材の範囲が広いこと、得られる皮膜表面が滑らかなこと、などを特徴としています。以下に個々のPVDについて、その概略を示します。

図1

1.真空蒸着

真空蒸着とは、高真空(10-2Pa以下)で蒸発材料を加熱して蒸発させ、処理物に皮膜を堆積させるものです。蒸発源の加熱方式には、抵抗加熱と電子ビーム加熱があり、工業的には高融点の蒸発材料にも有効な電子ビーム加熱法が利用されています。純金属や昇華しやすい酸化物の成膜にはよく利用されていますが、合金膜、炭化物膜、窒化物膜などを生成することは困難ですから、工具への硬質膜の生成には適用されていません。

真空蒸着はガラスやプラスチック製品への適用例が多く、アルミニウム蒸着したミラーやコンパクトディスク、レンズへの反射防止膜、フィルターなど光学部品への酸化物薄膜などの生成に利用されています。

2.スパッタリング

スパッタリングの基本原理は、図2に示すような平行平板型の直流二極スパッタリングです。すなわち、ターゲットを陰極(―)、処理物を陽極(+)とし、減圧状態で高電圧を印加すると、―極でグロー放電を生じ、放電領域内の気体はイオン化してー極に高速で衝突します。このイオン衝撃によってターゲットから叩きだされた原子または分子が、処理物に叩きつけられて堆積し、皮膜が形成されます。

図2

マグネトロンスパッタリングは図2中にも示すように、ターゲットの裏面に配置したマグネットからの磁力線の効果として、電離効率が高まって不活性ガス(Ar)のイオン化が促進されますから、従来の方式に比べて成膜速度が大幅に増大し、現在ではTi系(TiN、TiAlNなど)、Cr系(CrN、CrAlNなど)、C系(DLCなど)硬質膜の生成にも利用されています。

3.イオンプレーティング

イオンプレーティングは、減圧容器内において電子ビームなどで加熱蒸発した金属や化合物のガスをイオン化して、負の電圧を印加した処理物に叩きつけて皮膜を形成するものです。イオンプレーティングには種々の方法がありますが、とくに図3に示すような中空陰極放電法(HCD法)とアーク蒸発法は、Ti系やCr系硬質膜の生成によく利用されています。

図3

イオンプレーティングは他のPVD法に比べて皮膜の密着性が優れていますから、切削工具や金型など使用条件の厳しいものにもよく利用されています。装置のインライン化や膜種の多様化も進み、工具類をはじめ機械部品や自動車部品などにまで広く利用されていますから、次項ではイオンプレーティングについて、その種類や特徴を説明します。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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