工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 工具鋼における炭化物の役割と熱処理挙動

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第1章 工具に用いられる材料

1-6 工具鋼における炭化物の役割と熱処理挙動

焼なまし状態の工具鋼はフェライト(αFe)の生地と炭化物とで構成されており、焼入加熱によって炭化物が分解・固溶してマルテンサイト化して硬化します。焼入れ後には焼戻しされて微細な硬質炭化物が析出して、耐摩耗性およびじん性が著しく向上します。すなわち、工具鋼の熱処理によって得られる特性が決まるうえで、焼入れ焼戻しにともなう炭化物の挙動が重要な役割を担っています。

(1) 一次炭化物と二次炭化物

鋼における焼入れの目的は、オーステナト領域まで加熱して炭化物を十分に固溶させることであり、最終的には硬質のマルテンサイトを得ることです。ただし、焼入れによってすべての炭化物が固溶するわけではありません。炭素工具鋼など高炭素鋼、ダイス鋼や高速度工具鋼など高炭素・高合金鋼の場合には、未固溶の炭化物が必ず存在します。この未固溶炭化物は一次炭化物とよばれて耐摩耗性を高めるべく重要な役割を担っています。もし未固溶炭化物が存在しなければ、明らかに炭化物の固溶過多ですから耐摩耗性とじん性の点で問題を生じ、工具としての使用にはまったく耐えることはできません。

焼入れによって炭化物は固溶しますが、焼戻しによって姿を変えて非常に微細な二次炭化物として析出します。この二次炭化物の析出によって生地のじん性が高められ、鋼種によっては硬化して耐摩耗性を高めます。

このように、炭化物には一次炭化物と二次炭化物があり、表1に示すように形状・寸法、や役割はまったく異なります。全般的には一次炭化物は粗大で熱的には安定であり、二次炭化物は微細で熱的には不安定ですが、これらの構成とバランスが工具鋼の特性を支配しています。

表1

(2) 焼入れにともなう炭化物の固溶

焼入れによって炭化物が固溶し、その固溶量は焼入温度が高いほど増加します。一例として図1にSKS21の未固溶炭化物量と焼入温度の関係を示すように、焼入温度が高くなると未固溶炭化物量が極端に減少することが分かります。なお、このときの炭化物の抽出は、0.5N塩酸水溶液による電解抽出を行ったものです。

図1

また、図2は各種高速度工具鋼の未固溶炭化物量およびそのときの焼入硬さと焼入温度との関係を示したものです。この場合も焼入温度が高いほど炭化物量は減少することが明らかであり、焼入温度が低くて炭化物の固溶が不十分な場合には高い焼入硬さを得られないことが分かります。なお、このときの炭化物の抽出は、30Nリン酸水溶液による溶解抽出を行ったものです。

図2

(3) 焼戻しにともなう炭化物の析出

焼入れ後に焼戻しすることによって炭化物が析出し、それによって焼入れの際に生じた引張応力が緩和されますから、著しくじん性が高まります。ただし、この二次炭化物はあまりにも微細ですから、観察倍率が1000倍程度の光学式顕微鏡では観察することはできません。焼戻温度が高いほど二次炭化物の析出が活発になりますが、この場合も光学式顕微鏡で確認することは困難です。

一例として、図3にSKH51の焼入れ焼戻し組織と二次炭化物を示します。光学式の金属顕微鏡では、白色の未固溶炭化物(一次炭化物)は明瞭に観察できますが、生地中の二次炭化物はまったく判別できません。抽出レプリカを作成して透過型電子顕微鏡で観察することによって、粒状や針状の超微小析出物を確認することができます。これらが高速度工具鋼の代表的な二次炭化物(M2C)であり、高速度工具鋼の耐摩耗性やじん性を高めるなどの重要な役割を担っています。

図3

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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