工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 焼入れ・焼戻し条件と機械的性質の関係

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

3-5 焼入れ・焼戻し条件と機械的性質の関係

焼入温度は、高速度工具鋼においても、じん性や延性など機械的性質に多大な影響を及ぼします。他の工具鋼の場合と同様に、焼戻温度が同一であれば焼入温度が高いほど曲げ応力や衝撃値は低下しますから、焼入温度を高くすることはじん性や延性の点では不利になります。そのため、高速度工具鋼を冷間鍛造用金型などじん性重視のものに使用する際には、通常よりも100℃位低めの温度から焼入れしたほうが良好な結果が得られます。

高速度工具鋼は、主にドリルなど切削工具に用いられることから、ねじり強さ(せん断強さ)および曲げ強さの大きいことが最も重要な機械的性質になります。ドリルそのもので評価することもできますが、切れ刃の形状など他の要素の影響も大きいので、本項では図1に示すような試験片によって測定した結果を紹介します。

図1

ねじり試験片は試験部の直径はφ8mm、平行部長さ20mm、つかみ部は□12mmとし、ねじり速度は毎分10°一定として破断するまでの荷重およびねじれ角を測定したものです。また、抗折試験片は前章と同様に直径φ5mm、長さ70mm、支点間距離50mmとし、毎分2mmの加圧速度で測定した結果を紹介します。

図2はSKH51について、1220℃から焼入れ後に200~700℃の範囲で、60分で2回の焼戻しを行った試料について、ねじり試験および抗折試験を行った結果です。焼戻し後のねじりモーメントの変化は硬さの推移曲線と類似しており、最大値を示す焼戻温度は最高硬さのそれと一致しています。また、このときの最大曲げ応力もねじりモーメントと同様に、560~600℃で最大値を示しており、しかもたわみ量に関しても低下は見られません。以上のことから、ねじり強さおよび曲げ強さの両方に対して、550~600℃で焼戻しすることが最善であることが分かります。

図2

高速度工具鋼の焼戻しは2回以上繰り返して行うのが望ましいとされており、その理由は二次炭化物を十分に析出させるためであり、耐摩耗性、じん性、延性に対する効果が期待されています。図3はSKH51を1220℃から焼入れ後、560℃で焼戻しした試料について、1~5回の焼戻し回数の影響を示したものです。硬さおよびねじりモーメントは、焼戻し回数の増加にともなって若干低下しますが、その変化量は比較的小さいようです。その反対に、最大曲げ応力およびたわみは上昇するようですが、やはりその変量は小さいようです。以上のことから、今回の機械試験の結果からは、繰返し焼戻しの効果は小さいようですが、延性の点では優位になることは確実であるといえます。

図3

図4は、各温度から焼入れ後に560℃で2回焼戻ししたときのねじり試験および抗折試験結果を示しています。ねじりモーメントは焼入温度が高いほど、すなわち硬さが高いほど大きくなることが分かります。このときのねじれ角にはほとんど影響は認められないことから、単純に切削工具として用いるのであれば、硬さを高くしたほうがよいといえます。ただし、最大曲げ応力は1100~1150℃の領域に最大値があり、それよりも高温では低下しています。この低下程度は1200℃以上の高温において大きくなり、同時にたわみも低下しています。これらの結果から、SKH51の用途として、切削工具に用いる場合の適正焼入温度は1200~1250℃、高面圧が負荷されるような金型などに用いる場合は1100~1150℃であることが分かります。

図4

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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