工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 焼入温度と硬さおよび結晶粒度の関係

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

3-3 焼入温度と硬さおよび結晶粒度の関係

高速度工具鋼は、焼入加熱によって熱処理前から存在するすべてのM23C6と一部のM6Cが固溶して、その後の焼入冷却にともなうマルテンサイト変態によって硬化します。そのため、高い硬さを得るためには十分に炭化物を固溶させる必要があり、鋼種によって適正焼入温度は異なります。すなわち、高速度工具鋼に含有する炭化物の種類は、前回詳しく説明したようにすべての鋼種に共通ですが、合金元素の種類や含有量によって炭化物の大きさや化学組成は異なりますから、十分に固溶させるために必要な焼入温度は異なります。

図1は、SKH57および同等の化学成分を有する粉末ハイスについて、焼入れにともなう炭化物の固溶率と焼入硬さを示したものです。この二つの鋼種は化学成分が同じですが、炭化物の大きさはまったく異なります。これは前回説明したように、粉末ハイスに存在する炭化物のほうが溶製ハイスの炭化物に比べて、遥かに微細です。

図1

この図において、両鋼種とも焼入温度の上昇にともなって炭化物の固溶率が高くなり、同時に硬さも上昇することが分かります。また、両鋼種を比較すると、炭化物が微細な粉末ハイスの各焼入温度での炭化物固溶率は、溶製ハイスよりもかなり高く、それにともなって低めの焼入温度でも十分に高い焼入硬さが得られます。すなわち、図1において最高焼入硬さが得られる焼入温度は、粉末ハイスは1150℃、溶製ハイスは1250℃であり、炭化物の大きさの影響が明らかです。また、両鋼種とも最高焼入硬さの得られる温度よりも高温では逆に硬さが低下していますが、これは炭化物の固溶過多によって残留オーステナイト(γR)が多量に生じるための現象です。

図2は、種々の高速度工具鋼の焼入温度と硬さの関係を示したものです。なお、このときの硬さは、いずれも560℃で90分の焼戻しを2回実施したときのものです。鋼種に関係なく焼入温度が高いほど硬さは上昇しており、これは焼入温度が高いほど、炭化物の固溶と焼戻しによる二次炭化物の析出が活発になることを示しています。ただし、最終的に得られる硬さの値は鋼種によってかなり異なっており、含有炭化物が微細な粉末ハイスは全般的に高い硬さが得られます。

図2

溶製ハイスの中では、モリブデン(Mo)含有量の最も多いSKH59は、炭化物が微細であること、炭化物の固溶を助長するコバルト(Co)も添加されていることから、粉末ハイスに近似の値が得られています。また、SKH57はSKH51よりも高い値が得られており、これは前者のほうが炭素含有量の多いこと、Coが添加されていることなどが理由として考えられます。ただし、炭化物が固溶しやすいことは、焼入れにともなう結晶粒度が粗大化しやすいことにもなりますから、注意が必要です。

一例として、図3にSKH2、SKH51およびSKH58の焼入温度とオーステナイト結晶粒度番号との関係を示します。Mo含有量の多いSKH58は、焼入温度が1200℃を超えると、結晶粒は急激に粗大化しますが、炭化物が粗大なタングステン(W)系高速度工具鋼に属するSKH2は、1300℃までの範囲ではほとんど結晶粒は粗大化しないことが分かります。

図3

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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