工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 クロム系硬質膜の硬さと摺動特性

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

6-4 クロム系硬質膜の硬さと摺動特性

クロム系硬質膜を代表するものはクロム(Cr)と窒素(N)の化合物で、化学組成によってCr、Cr2N、CrNなどに分類することができます。すなわち、CrとNの組成比は成膜条件によって制御することができます。最近では、さらなる特性改善を図るべく、Crの一部を他の金属元素に置き換えた皮膜も生成されるなど、ますますその需要は高まっています。

1.種類と硬さ

クロム系硬質膜の代表はクロム(Cr)窒化物であり、成膜法としては、スパッタリングまたはイオンプレーティングの一種であるアーク蒸発法の利用が多く、窒素分圧が高い場合にはCrN膜が、窒素分圧が低くなるとCr2NやCr膜が生成されます。

さらに、Crの一部を他の金属原子に置き換えたクロム系の複合窒化物膜も生成されています。一例として、図1にCrN、CrAlNおよびCrVN膜の薄膜XRDプロファイルを示します。本図から明らかなように、これら三種類のクロム系硬質膜は、まったく同様の結晶構造であることが分かります。ただし、各結晶面のピーク位置は複合膜の方がCrNに比べて、わずかに高角度側にシフトしており、面間隔は小さいことが明らかです。この現象は、皮膜を構成している原子の大きさの影響であり、クロム(Cr)原子に対して、置換型に固溶したバナジウム(V)やアルミニウム(Al)の原子径が小さいために生じたものと推察されます。

図1

なお、これらの硬さは図2に示すように、CrVN膜の硬さはCrN膜と同程度ですが、CrAlN膜はCrN膜よりも高い硬さを呈します。すなわち、クロム系硬質膜を適用する場合、耐摩耗性を重視するのであればCrAlN膜が優位と思われます。

図2

2.摺動特性

Cr系硬質膜に対して最も期待されているのは優れた摺動特性であり、機械部品や自動車部品などの摺動部への適用です。ただし、摺動部に適用されるためには、摩擦係数が低いこと、摩擦相手への攻撃性が小さいことなどが必要条件になります。

図3は、アーク蒸発法によって生成したCrN膜について、種々の摩擦環境下で摩擦摩耗試験を行った際の、摩擦距離にともなう摩擦係数の推移を測定したものです。なお、皮膜表面に存在するドロップレットは予め除去しており、相手材として凝着しやすい軟質のSUS304と硬質のWC-Coについて測定したものです。チタン系硬質膜の場合と同様に、相手材に関係なく無潤滑環境下では摩擦係数は高くなりますが、潤滑環境下では極端に低減します。とくにパラフィン油や水溶性切削油中での摩擦係数は0.1程度であり、これらの環境下であれば、チタン系硬質膜よりも摺動部品へ適用が優位であることが分かります。

図3

クロム系硬質膜はピストンリングなどエンジン部品に適用されていることから、図4にエンジン油中における相手材の摩耗量を測定した結果を示します。本図は、各種クロム系硬質膜のエンジン油(油温:130℃)中において、摩擦距離1000mおよび5000mのときの相手材の摩耗量を示したものです。なお、このときの相手材はSUJ2、エンジン油はディーゼルエンジン用のSAE10W-30を用い、負荷荷重10Nで摩擦速度100mm/sとしたときのボールオンディスク摩擦摩耗試験結果です。これらの膜種の中ではCrVN膜が最も相手材の摩耗量が小さいことが明らかです。とくに、各摩擦距離での摩擦係数(μ)に関しても、CrVN膜が最も低いことから、この皮膜は相手攻撃性が小さいだけでなく、摩擦係数低減効果も発揮していることから、摺動部品への適用に最も優位であることが推察されます。

図4

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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