工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第7章 工具の損傷事例と対策

7-6 表面処理した工具の腐食発生事例

腐食とは、化学的因子によって生じる損傷のことで、乾式による腐食(乾食)と湿式による腐食(湿食)とがあり、とくに後者が問題になります。湿食とは水が存在する際に生じる腐食のことで、発生状況によって防止対策を考慮しなければなりません。

湿式の腐食形態にも種類が多く、
(1)表面から均一に腐食される全面腐食
(2)異種材料間の電気化学的反応によるガルバニック腐食(接触腐食)
(3)局部的に集中して生じる孔食
(4)結晶粒界に沿って腐食が進行する粒界腐食
(5)金属板同士のすき間などに発生するすきま腐食
などがあります。

表面処理した工具の腐食の場合は、とくにガルバニック腐食(接触腐食)が問題になり、皮膜と基材との電気化学的反応によって腐食が発生します。すなわち、亜鉛めっきなど、基材に対して電気化学的に卑(イオン化傾向が大きい)な皮膜の場合は、皮膜が犠牲になって基材の腐食を防止します。しかし工具に利用されている表面処理層は、基材よりも貴(イオン化傾向が小さい)な金属もしくは化合物ですから、基材を腐食環境から守るように包み込んで腐食を防止します。

表面処理層によって完全に守られていれば、基材が腐食することはありませんが、図1にコーティング工具を想定した場合を示すように、表面層に欠陥等があり基材が腐食環境に晒されると、基材側が溶解(腐食)します。すなわち、湿式環境下では皮膜のほうが基材である鉄(Fe)よりも貴ですから、皮膜から基材に向かって電流が流れるため、ピンホールなどの欠陥箇所から基材の腐食が進行します。

図1

図2は硬質クロム(Cr)めっきした工具の断面を示します。硬質Crめっきは膜内に微小クラックが存在することは周知の事実ですが、そのクラックが表面から基材との界面まで達してしまうと、その個所から腐食が始まります。その腐食が進行すると、最終的には破壊にまで至ることもありますから注意が必要です。なお、めっき膜としては、図中の左側のように、クラックは短く微細なほど腐食に対しては有利です。

図2

PVDやCVDによる皮膜は数μm程度の厚さですから、皮膜にピンホールなどの欠陥が必ず存在します。一例として、図3に熱CVDによるTiC/TiNコーティング金型に発生した腐食箇所の断面状況を示すように、ピンホール状の膜欠陥部から腐食が発生していることが分かります。PVDやCVD皮膜に防食まで期待するのであれば、数10μm以上の厚膜が有利ですが。膜厚の増加は膜内でのクラックの発生など、別の問題を生じることもあります。このような場合には、耐食性や残留応力の異なる数種類の皮膜を積層化することで、腐食の進行を妨げることも可能です。

図3

ダイカスト金型の一例として、図4にVCコーティングした金型に発生した腐食状況を示します。この場合は、溶融アルミニウム(Al)による溶損も同時進行していますから、特定はできませんが、膜欠陥から腐食が発生し、その個所から溶融Alが侵入しもの思われます。

図4

 

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

目次をもっと見る

『機構部品』に関連するカテゴリ

『金型用部品、位置決め部品』に関連するカテゴリ