工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 焼入れ・焼戻しにともなう金属組織の変化

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

2-2 焼入れ・焼戻しにともなう金属組織の変化

焼入れ・焼戻しによって特性を付与される工具鋼は、購入時(焼なまし状態)の組織は例外なくフェライト(α-Fe)+炭化物です。ただし、炭化物の種類、含有量、形状や大きさなどは鋼種によって異なります。

焼入れ・焼戻し過程での一般的な組織変化は表1に示すように、焼入加熱によって炭素が固溶してオーステナイト(γ-Fe)になり、焼入冷却することによってオーステナイトからマルテンサイトに変化し、さらに焼戻しすることによって炭化物が析出します。なお、通常は焼入れによってすべての炭化物が固溶するわけではなく、必ず未固溶の炭化物が残存しています。すなわち、個々の工具鋼が持っている特性を十分に発揮させるための焼入れ・焼戻しとは、これら炭化物の固溶と析出をうまくコントロールすることです。

表1

炭素工具鋼(SK材)や低合金工具鋼(SKS材)の市販鋼材は、球状化焼なましされてフェライト生地中に球状Fe3Cが分散した様相を呈しています。図1および図2に示すように、正常な焼入組織はマルテンサイトと未固溶炭化物(図中の850℃油冷)ですが、焼入温度が低いとフェライトが残存(図中の750℃油冷)し、焼入温度が高くなると未固溶Fe3Cは減少してマルテンサイトは粗大化し、多量の残留オーステナイト(γR)が観察(図中の1000℃油冷)されるようになります。焼入れ後の一般的な焼戻温度は150~200℃で、この温度ではε炭化物が析出して、生地組織は体心正方晶(bct)の焼入マルテンサイトから体心立方晶(bcc)の焼戻マルテンサイトに変化します。

図1

図2

ダイス鋼(SKD材)の市販鋼材は、フェライト(α-Fe)の生地と各種合金元素からなる複炭化物の混合組織を呈しています。ちなみに、冷間金型用鋼の代表であるSKD11および熱間金型用鋼の代表であるSKD61に含有する炭化物は、Cr系の(Cr,Fe)7C3が主体です。

冷間金型用ダイス鋼の熱処理過程における組織変化は、焼入れによって炭化物が固溶し、焼戻しによって微細炭化物が析出して、最終的には焼戻しマルテンサイト生地と炭化物の混合組織になります。熱間金型用ダイス鋼の場合も焼入れ・焼戻しにともなう組織変化は同様ですが、炭素含有量が少ないのでかなり微細ですから、一般の光学顕微鏡では焼入れ・焼戻し後の未固溶炭化物の確認は困難です。一例として図3にこれらの顕微鏡組織を示すように、SKD11の未固溶炭化物は白色物として明確に判別できますが、SKD61の未固溶炭化物の確認は困難です。

図3

冷間金型用によく用いられているSKD11の場合は炭素含有量が多いため、焼入れ後には必ずγRが存在します。この鋼種の一般的な焼戻温度は、耐摩耗性重視の場合は150~200℃、じん性重視の場合は500~550℃ですが、γRは200℃以下ではそのまま残存しますから、γRの存在が問題になる処理物の場合にはサブゼロ(SZ)処理を行います。なお、このSZ処理については、次々回(2-4)で詳しく説明します。

SKD11の焼入れによって生じたγRは、500℃~550℃の焼戻しによってマルテンサイトに変化します。しかし、このような500℃位の高温焼戻しであっても1回焼戻ししただけでは、焼戻し本来の目的である二次炭化物の析出はほとんど望めませんから、2回以上の。繰り返し焼戻しを行います。

熱間金型用ダイス鋼は、冷間金型用ダイス鋼に比べて炭素含有量は遥かに少ないので、焼入れにともなうγRはほとんど生じません。しかも、これらの鋼種の焼戻温度は500~550℃ですから、γRが原因となる不具合を心配する必要はありません。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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