工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

5-5 CVDの種類と成膜原理

CVD(Chemical Vapor Deposition)とは、化学蒸着法と呼ばれているもので、複数のガス同士の相互反応によって皮膜を生成するものです。CVDの種類は図1に示すように、複数のガスによる熱平衡反応によって膜生成する熱CVD、プラズマの反応促進作用を利用してガスの反応温度を低温化したプラズマCVD、紫外線やレーザ光による光分解作用を利用した光CVDなどがあります。半導体分野では必然的に利用されていますが、反応ガスの組み合わせによって種々の皮膜が得られますから、最近では炭化物、窒化物、酸化物などの硬質膜の生成にも広く利用されています。

図1

熱CVDの成膜プロセスは、図2に示すように、加熱炉において処理物を所定の温度に加熱し、そこに反応物質、反応ガスおよびキャリヤガスを混合して流入し、これらのガス反応を利用して皮膜を生成するものです。すなわち、反応物質は金属元素を供給するための、反応ガスは化合物を生成するためのもので、これらのガスとキャリヤガスとの平衡反応によって皮膜が生成されます。反応物質には塩化物などのハロゲン化物が用いられ、キャリヤガスおよび反応ガスには水素単独または他のガス(窒素ガス、炭化水素系ガスなど)との混合ガスを用います。

図2

例えば、TiN膜の生成反応式を図3に示すように、反応物質には四塩化チタン(TiCl4)、反応ガスには窒素(N2)、キャリヤガスには水素(H2)が用いられます。TiCl4は室温の大気圧状態では液体ですから予め加熱して気化し、不純物を除去したN2ガスおよびH2ガスとともに処理槽内に送り込まれます。レトルト内では処理物は1000℃位に保持されており、これらのガスが処理物に接触すると図3のガス反応が進行して、TiN膜が生成されます。このガス反応によって排ガスとして塩化水素(HCl)も生成されますが、このガスは腐食性の強い有害ガスですから、排ガス処理装置を介して廃棄されます。

図3

なお、処理槽内の圧力は大気圧または減圧状態(1×104~8×104Pa程度)に保たれており、前者は常圧熱CVD、後者は減圧熱CVDと区分する場合もあります。

熱CVDは皮膜のつきまわり性が優れていますから、PVDでは不可能とされている狭小内面にまで膜生成が容易ため、主に金型を対象として各種硬質膜の生成法としてよく利用されています。しかし、その反面、熱CVDの最大の問題点として、成膜温度が高いことがあげられます。成膜温度が高いことによるデメリットは、処理物に制約をうけること、処理にともなう変寸や変形が大きいこと、皮膜の表面粗度が大きいこと、などが挙げられます。

プラズマCVDは熱CVDよりも大幅に成膜温度を低くできますから、対象となる処理物の範囲が広く、しかも図4に示すように、滑らかな表面をもつ皮膜が得られるなど多くの特徴をもっています。現在、工業的な規模で硬質膜の生成に利用されているプラズマCVDは、直流(DC)プラズマCVDであり、金型などへの需要が高まっています。

図4

また、工業的なDLC膜の生成には、DCプラズマCVDだけでなく、高周波振動を利用した高周波(RF)プラズマCVDも利用されています。ダイヤモンド膜の生成には熱フィラメントCVDやマイクロ波プラズマCVDが利用されています。なお、紫外線やレーザなど光の作用を利用する光CVDは工具への適用例はありませんから、個々では省略します。

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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