工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 DLC膜の摺動特性とドリルへの適用効果

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

6-8 DLC膜の摺動特性とドリルへの適用効果

DLC膜の無潤滑環境下における摩擦係数は図1に示すように、種々の物質に対して0.2前後であり、摩擦相手材に対して優れた摺動特性を有しています。なお、本図におけるDLC膜はC6H6のイオン化蒸着によって生成したものであり、このときの摩擦条件は、基材はSKH51、摩擦速度は10mm/s、荷重は2Nとしたときのものです。ただし、これらの摩擦条件が変化しても、DLC膜がはく離しなければ同程度の摺動特性が得られます。

図1

図2は、C6H6のイオン化蒸着によって生成したDLC膜の種々の摩擦環境下におけるSUS304に対する摩擦係数の変化を示します。チタン(Ti)系やクロム(Cr)系硬質膜の場合とは異なり、潤滑剤等の有無の影響をまったく受けないことが分かります。この現象は、DLCコーティング品は水中摺動部材や潤滑摺動部材にも適用でき、しかも使用中に潤滑剤の劣化や供給不良を生じても潤滑効果はほとんど変わらないことを示唆しています。

図2

現在、DLC膜の切削工具や金型への採用事例が急速に進行しており、その理由はドライ加工への期待です。6-3や6-4で解説したように、Ti系やCr系の硬質膜の採用目的は、潤滑剤の低減、難加工材加工への対応、高速加工への対応などですが、現状ではいずれもドライ加工への転換を図るまでには至っていません。

DLC膜は既存工具に対して摩擦摩耗特性を付加するものであり、切削油など潤滑剤を使用できない部品の加工用、超硬工具やセラミック工具単独では折損してしまうような難削材の精密細穴加工用、などにはとくに威力を発揮することが予想されます。この場合には、従来のダイヤモンド工具とは異なり、被削材として非鉄金属はもちろんのこと鉄系材料が対象であっても有効と考えられます。

図3は市販のSKH51製センタードリル(先端径:3mm)を用い、NC立フライス盤を使用して無潤滑の状態でSUS304を穴あけ加工したときの、穴あけ回数にともなう工具摩耗量の変化を示したものです。なお、このときのDLC膜(膜厚:約0.8μm)はC6H6のイオン化蒸着によって、TiN膜(膜厚:約3μm)はHCD法によって生成したものです。

図3

本図から明らかなように、無コーティング工具の場合は、加工の初期段階から激しく摩耗して穴あけ回数が30回の段階において加工不可となっています。しかし、コーティング工具の場合は、50回の加工後においても摩耗幅は小さく、まだ十分に継続使用可能の状態です。とくに、DLCコーティングしたものは、穴あけ回数が50回に達するまで摩耗幅の増加は非常に緩慢であり、皮膜の潤滑効果が非常に大きいことが明らかです。

図4はSUS304を無潤滑穴あけ加工したときの最終加工後のDLCコーティング工具および無コーティング工具の逃げ面における摩耗状況を示したものです。DLCコーティング工具は50回の穴あけ加工後においても摩耗幅が小さく、しかも切れ刃先端は鋭角形状を維持しており、まだ十分に健全な状態です。しかし、無コーティング工具は30回の穴あけ加工後において工具本来の切れ刃先端を覆い隠すように相手材が激しく凝着しており、切削工具としての機能がまったく損なわれている様相を呈しています。

図4

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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