工具の通販モノタロウ 工具の熱処理・表面処理基礎講座 チタン系硬質膜の硬さと摺動特性

工具の熱処理・表面処理基礎講座

本講座では、主要工具材料である工具鋼の種類と、それらに適用されている熱処理(主に焼入れ焼戻し)および表面処理(主にPVD・CVD)について詳細に解説します。
第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

6-3 チタン系硬質膜の硬さと摺動特性

工業的規模で生成されている主なチタン系硬質膜は、TiN、TiC、TiCNおよびTiAlNで、それぞれ使用条件によって使い分けられています。

1.硬さ

TiCN膜はTiN膜の硬質・靱性とTiC膜の超硬質・低摩擦係数を兼ね備えた硬質膜として誕生したものです。すなわち、TiCN膜は反応ガスであるN2ガスと炭化水素系ガス(CH4またはC2H2)との混合比を変えることによって、膜中のC量を制御することができます。

図1は、HCD法によって生成した皮膜表面における硬さとC2H2流量比との関係を示したものです。反応ガスがN2ガス単独の場合はTi/Nがほぼ1/1のTiNが得られますが、C2H2流量比が大きくなると膜中の窒素濃度が低下し、それに反比例するように炭素濃度が増加しており、C2H2ガス単独ではTi/Cがほぼ1/1のTiC膜が生成されます。測定荷重0.49Nのときの表面硬さは、N2単独のときに得られるTiN膜の硬さは1600HV程度ですが、C2H2流量比の増加にともなってほぼ直線的に硬さは高くなり、C2H2単独のときに得られる皮膜は2400~2500HVにまで達します。ただし、これらの硬さは基材の影響を受けており、成膜法や成膜条件によっても異なりますから、一般的なTiN膜は1800HV以上、TiC膜は2600HV以上であることが推察されます。なお、TiAlN膜の硬さはTi/Alの含有比率によって若干は異なるようですが、TiN膜と同等もしくは若干高めです。

図1

2.摺動特性

一例として、図2にHCD法にて生成したTiN膜について、凝着しやすいSUS304を相手材としたときの各種摩擦環境下における摩擦係数の変化を示します。大気中では、摩擦開始直後から摩擦係数は急上昇しており、相手材が激しく凝着している様相がうかがえます。しかし、水溶性切削油やパラフィン油中では摩擦係数が極端に低減しており、摺動をともなう工具にTiN膜を利用する場合には、無潤滑環境ではその採用効果はほとんど期待できず、潤滑剤の併用は必須であることが分かります。

図2

なお、これらの摩擦摩耗特性は他のチタン系硬質膜においても同様です。例えば、図3にアーク蒸発法で生成したTiAlN膜について、凝着を起こしやすい軟質のSUS304と硬質の超硬合金(WC-Co)に対する摩擦係数の変化を示します。SUS304に対する摺動特性はTiN膜の場合とまったく同様であり、相手材がWC-Coの場合も、無潤滑環境下では摩擦熱による皮膜の酸化摩耗が進行して、摩擦距離が長くなると摩擦係数はしだいに上昇します。しかし、摩擦環境が水溶性切削油やパラフィン油の場合には、全般的に摩擦係数が低く、相手材の凝着や摩擦熱の発生に対する抑制効果が大きいことを示唆しています。

図3

以上のように、イオンプレーティングによって生成したチタン系硬質膜は、無潤滑環境下では相手材の凝着や摩擦熱による皮膜の酸化を生じてしまいます。ところが、プラズマCVDによって生成したTiN膜中には塩素(Cl)を含有しており、このClが無潤滑環境における摩擦係数の低減に有効に作用します。図4は、DCプラズマCVDによってCl含有量の異なるTiN膜をコーティングした試料のSUS304に対する摩擦係数の変化を示したものです。摩擦距離が長くなるとCl含有量が最も少ない1.4mass%の試料の場合は、摩擦速度に関係なく摩擦係数が上昇しますが、Cl含有量が最も多い5.6mass%の試料は、今回測定した摩擦距離の範囲では、全域に渡って摩擦係数は低く、Cl含有の効果が顕著に表れています。

図4

執筆: 仁平技術士事務所 所長 仁平宣弘

『工具の熱処理・表面処理基礎講座』の目次

第1章 工具に用いられる材料

第2章 炭素工具鋼、合金工具鋼の焼入れ・焼戻し

第3章 高速度工具鋼の焼入れ・焼戻し

第4章 工具を対象とした表面処理の種類と適用

第5章 PVD、CVDの種類と工具への適用

第6章 工具を対象としたPVD、CVDによる硬質膜の種類と適用

第7章 工具の損傷事例と対策

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