塗料・塗装の何でも質問講座
3-11 噴霧法 静電スプレーと塗料の電気抵抗値
2.静電スプレーと塗料の電気抵抗値
前回、静電スプレーは雷と同じ原理を利用していることを説明しましたが、液体塗料の電気抵抗値が静電スプレー作業において、どのような影響を及ぼすかについては言及しませんでした。物理現象として考えると、塗料の電気抵抗値が小さいほど電荷量(帯電量)が多くなり、ターゲットに塗着する割合(塗着効率)は高くなることが期待できます。そこで、今回は、塗料の電気抵抗値に着目した実験例を2つ紹介します。なお、液体塗料の体積電気抵抗値の適性範囲は20~200 〔MΩ・cm〕と言われています。
2.1 実験例 その1
電気抵抗値が70MΩ・cmと適性範囲にある塗料に導電剤の添加量を一連に変えて、表3-1に示す3種類の塗料(No.1~No.3)を調製し、噴霧粒子の飛散状態を調べました。この実験では空気霧化タイプの手持ち静電ガンを使用し、塗料の電気抵抗値を計測していません。単純に、電気抵抗値はNo.1>No.2>No.3であると考えられます。定性的な結果ですが、塗料の電気抵抗値が小さくなると、噴霧された塗料粒子が静電界から外れて、空間中に浮遊して行く割合が増えました。このことは塗料の影響で静電界を作る能力が弱まったことを示しており、その原因は電気抵抗値にあります。図3-40に示すように、抵抗値が低くなると電気がアースに接続されている塗料側に流れてしまい、ガンの電極ピンに高電圧を印加できなくなったと推定されます。その結果、空気をイオン化させる能力が落ち、塗料粒子は無電荷状態になったと考えられます。水性塗料は電解質を含むために塗料の電気抵抗値は明らかに低くなるので、塗料が電気をリークさせてしまいます。これを防ぐためにボルテージブロック機構が考案され、現在では静電塗装装置に装備されています。残念ながら著者らはこの装置のない頃に実験をしました。そのお陰で、噴霧粒子の飛散状態に及ぼす電気抵抗値の影響を知ることができました。
2.2 実験例 その214)
塗料の電気抵抗値を15MΩ・cmに下げて、塗着効率を91%に高めた実験例です。日産自動車の太田資良氏が発明された方法で、特開1997-235496に開示されています。塗装機は図3-41に示す回転カップ式のベル型静電塗装機で、シェーピングエアーを使用し、基準塗料(750MΩ・cm)で塗着効率は約81%まで高められています。この塗料に導電剤を添加し、200 MΩ・cm と15MΩ・cmを目標に調製しました。その結果、図3-42に示すように、200 MΩ・cm では、塗着効率は81→86に、15MΩ・cmにすると、約91%まで上昇し、つき回り性も上昇しました。15MΩ・cm以下にしなかったのは、ガンから塗料に電気がリークする危険があるためです。
このように、塗着効率の上昇は塗料の電気抵抗値に依存しています。塗料の電荷量(帯電量)は図3-43に示すように16)、1→1,000MΩ・cmでほとんど変わりませんが、電気抵抗値が小さくなるほど電荷を逃がす能力が高まります。被塗物に付着した塗料粒子の電荷量が減少すれば、静電反発力が低下し、クーロン力が作用しているならば、噴霧粒子は付着してゆきます。この機構で塗着効率は上昇したと考えられます。
2020年3月12日にトヨタ自動車は、塗料の塗着効率を95%まで高めたエアレス静電塗装機を開発したと発表しました。目的の箇所に均一な粒径の塗料粒子を供給し、大気に飛散させない技術開発の成果です。
〔引用・参考文献〕
1)坪田実:“ココからはじめる塗装”、日刊工業新聞社、p.8-25(2010)
2)坪田実:“工業塗装入門”、日刊工業新聞社、p.12-13,29,31,34-35(2019)
3)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”,日刊工業新聞社,p.47,51,52,53,55-59,63,81,83(2008)
4)辻田隆広:“第60回塗料入門講座テキスト”,p.179(2019)
5)坪田実:“目で見てわかる塗装作業”,日刊工業新聞社,p.8-24,102-104(2011)
6)職業能力開発総合大学校編:“木工塗装法”,職業訓練教材研究会,p.92-100(2008)
7)坪田実:“塗料と塗装のトラブル対策”,日刊工業新聞社(2015)
8)坪田実:“塗料と塗装の基本と実際”,秀和システム(2016)
9)杉崎勝久:表面,Vol.53,No.5(2002)
10)石井均:表面技術,Vol.61,No.3(2010)
11)平澤秀公:色材協会関東支部平成28年度塗料講演会テキスト,p.33-39(2016)
12)職業能力開発総合大学校編:“塗料”,雇用問題研究会,p.115(2007)
13)坪田実:塗装技術,2007年9月号,p.111-119,理工出版社
14)日産自動車、静電塗装用塗料及び静電塗装方法、特開1997-235496
15)ランズバーグ社マイティロボットベル2カタログより
16)佐藤正之、佐賀井武:第4回液体の微粒化に関する講演会講演論文、p.49(1975)
17)塗料報知新聞社:“粉体塗装技術要覧第4版”,p.72(2013)
18)森田忠夫:色材,Vol.85,No.7,297(2012)
19)柳田建三:塗装工学、Vol.51.No.9,297-302(2016)
20)川上塗料(株)解説資料
『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次
第1章 塗料・塗膜の白化現象
第2章 塗料と塗装のことはじめ
第3章 いろいろな塗り方
-
3-9電着法 電着塗装工程電着塗装装置の構成は一般的に次のようになります。
-
3-10噴霧法 静電気と静電塗装スプレーガンによる微粒化の原理とガンの使い方に付いては、第2章 2.9と2.10スプレーガン名手への道で解説しました。本節では、噴霧塗装に静電気を利用すると、塗着効率が2倍以上も増大すると言う話を紹介します。
-
3-11噴霧法 静電スプレーと塗料の電気抵抗値前回、静電スプレーは雷と同じ原理を利用していることを説明しましたが、液体塗料の電気抵抗値が静電スプレー作業において、どのような影響を及ぼすかについては言及しませんでした。
-
3-12噴霧法 粉体塗料の塗り方塗料メーカーは粉体塗料を平均粒径30-40μmに調製して、供給しています。液体塗料をこの程度の噴霧粒子にするためには空気霧化だけでは不十分で、遠心力で液体分子を引きちぎったりしなければなりません。
-
3-13噴霧法 粉体塗料の塗り方(つづき)今回は電界内を大量に移動しているフリーイオンの挙動に焦点を当て、塗装作業との関連について説明した後、コロナ放電式以外の塗り方について説明します。