工具の通販モノタロウ 塗料・塗装の何でも質問講座 塗料をより深く理解するために 5-3樹脂の成り立ち(2)

塗料・塗装の何でも質問講座

建築物や自動車など、私たちの周りにある多くのものは「塗装」されています。本連載では、主に塗装・塗料の欠陥と対策についてご紹介していきます。
第5章 塗料をより深く理解するために

5-3 樹脂の成り立ち(2)

公開日:2023年7月25日 | 最終更新日:2024年4月17日

2.樹脂の成り立ちについて

2.2 二重結合を有する混成軌道について

  本稿では図5-14に示すエチレンやベンゼンのように2重結合を有する分子の成り立ちについて説明する。はじめに、エチレンとエタンとの違いは何かをまとめて見たい。エタンのC原子は図5-10に示すように、2s、2p軌道の混成により作られた4つ混成軌道ユニットを出発点にしている。これをsp3混成軌道と呼び、図5-13に示すメタン、エタン、プロパン分子が形成されることを前回、学習した。これらの分子はC、H原子同士が単結合(共有結合)するが、エチレンには2重結合が存在する。共有結合はσ結合とπ(パイ)結合の2つからなり、単結合のσ結合に比べて2重結合のπ(パイ)結合は分かりにくい。π(パイ)結合がどのように形成されるかを理解すれば、両者の違いを認識できる。

図5-14 エチレンとエタンの分子模型
図5-14 エチレンとエタンの分子模型

  共有結合ゆえ、σ、π(パイ)結合とも1つの軌道に2ヶの電子が存在することは同じであるが、軌道形成の仕方が異なる。図5-15に示すエチレン分子(H2C=CH2)を見ると、C原子1つから-CH結合は2つで、C-C間もσ結合であるから、σ結合する混成軌道ユニットの数は3つである。3つの混成軌道ユニットを動く電子が衝突せずに、電子の反発を最少にする連結形態は正3角形がよい。C-C間のσ結合は1つあれば良く、C原子1つにつき、p軌道電子が1つ余ることになる。このp軌道電子は相手のいない不対状態であり、相手を欲しがっている。そこで、不対電子同士はそれぞれのp軌道を提供し、2つのp軌道を結合して、新軌道を作る。

図5-15 sp2混成軌道によるエチレン分子の形成過程
図5-15 sp2混成軌道によるエチレン分子の形成過程

  電子は寂しがり屋だけれども、冒険心が強いからできるだけ広い場所を好み、行動範囲を広げる。要するに、π(パイ)結合とはC原子のp軌道同士が軌道を提供して、広い空間を作り、そこへ不対電子を2ヶ投入する作業である。σ結合する電子(σ電子)が水平方向に動くとすれば、π(パイ)結合する電子(π(パイ)電子)はσ結合のそれに比べて垂直軸方向に動くから、両者は衝突しない。さて、文頭のQ&Aを整理する。

  • (1)エチレンとエタンとの違いは何か?という問いには、C-C間にπ(パイ)結合があるかないかである。エチレンにはπ(パイ)結合があり、2重結合で表示する。図5-14, 5-21に示すように2重結合はものすごく窮屈な結合であり、C-C間の運動性は束縛されており、いつでもラジカルとして切断される機会をうかがっている。
  • (2)C-C間にはπ(パイ)結合が最大で何本、形成できるか?という問いには、2本と答える。3重結合を有するアセチレン分子までは形成できる。分子形成の過程を2重結合の次になるが、図5-22に示す。

  文脈の関係で、順序よくにはならないが、sp2混成軌道の典型であるエチレン分子の形成について説明する。

●Step1

  図5-15(a)に示すように、s軌道の電子を励起し、p軌道に飛ばす。必要な混成軌道ユニットの数は3つであり、s軌道から部屋を1つと、 p軌道から2つの部屋を提供するとsp2混成軌道と呼ばれる3つの混成軌道ユニットが準備できる。

●Step2

  これら3つの混成軌道ユニットをどのように連結させるかを考える。ユニット間の電子が衝突しないこと、および電子の反発を最小限にするためには、正3角形の平面形態が良い。それゆえエチレン分子の形態は正3角形になる。図5-15(b)には、C原子の混成軌道ユニット同士がσ結合する様子、並びに、p軌道電子同士がお互いの軌道を提供して広い空間を形成する過程を見てもらいたい。

●Step3

  sp2混成軌道で形成されたエチレン分子(H2C=CH2)を図5-16に示す。正3角形の平面形態を取るため、結合角 ∠CCH = 120°となる。また、p軌道電子はπ(パイ)電子となり、可動範囲が広がっていることが分かる。

図5-16 sp2混成軌道で描いたエチレン CH2=CH2
図5-16 sp2混成軌道で描いたエチレン CH2=CH2
図5-17 π(パイ)結合がラジカルになってポリエチレンになる過程
図5-17 π(パイ)結合がラジカルになってポリエチレンになる過程

  π(パイ)軌道の電子(π(パイ)電子)は活発であり、高エネルギー線の照射や、触媒作用で図5-17(b)に示すようにπ(パイ)電子がラジカルになり、重合して、図5-17(c)に示すポリエチレンになる。エチレンがポリエチレンになる場合には、ラジカル同士がσ結合をするから、ポリマー分子鎖は結合角 ∠CCH = 108°となる。アクリル樹脂の原料である反応性モノマー(アクリル酸エステルやスチレンなど)も2重結合を有しており、ラジカル重合開始剤でポリマーになる。このようにπ(パイ)電子は反応性に富んでいる。

  次に、π(パイ)電子の染み出し現象について説明する。図5-18に示すようにπ(パイ)電子は活発に動くのでp軌道を結ぶ線の上下に青で塗りつぶした部分をπ(パイ)電子が移動する“染み出し”現象4)が現れる。ベンゼンは図5-19に示すようにエチレンが3分子結合した分子形態を有しているから、π(パイ)電子の染み出し領域は拡大し、π(パイ)電子が図5-20に示す六角形の上下の赤枠とp軌道を自由に動き回っている。π(パイ)電子の移動速度は光の速さと同じで極めて速く、ベンゼン環内を高速で動き回る。外界から紫外線(UV)を照射されるとπ(パイ)電子の一部はラジカルになり、酸素と反応し、樹脂を分解するラジカルROO・を生成させる。その好例がベンゼン環を主体とするエポキシ樹脂塗膜であり、紫外線の照射時間の増大に伴い塗膜が内部崩壊し、チョーキングと呼ばれる粉状破壊に至る。ベンゼン環構造を有する塗膜は電子の偏りがないから耐薬品性は良好であるが、高速で動き回るπ(パイ)電子のせいで光劣化しやすい。

図5-18 π(パイ)電子の染み(しみ)出し現象
図5-18 π(パイ)電子の染み(しみ)出し現象
図5-19 sp2混成軌道で描いたベンゼンC6H6
図5-19 sp2混成軌道で描いたベンゼンC6H6
図5-20 ベンゼン環内のπ(パイ)電子の動き
図5-20 ベンゼン環内のπ(パイ)電子の動き
図5-21 ベンゼンの分子模型
図5-21 ベンゼンの分子模型

  sp2混成軌道による分子形成のまとめとして、ベンゼンの分子模型を図5-21に示す。注目してもらいたいことは、2重結合があるとC=C間の回転ができないことである。環構造でC-C間の可動性は制限され、さらにベンゼン環濃度の増大により分子鎖のセグメント運動が束縛を受ける。その結果、Tgと耐熱性が上昇するが、たわみ性は低下する。いわゆる、硬くて脆い、硬脆(こうぜい)な塗膜になる。常温で使用するには可撓性のある樹脂成分をブレンドするか、橋かけ構造をアレンジする。表5-2に示すように、ポリエチレンのH原子をベンゼン環に替えるだけでTgは約220℃も上昇する。コンテナー類に使用されているPEは結晶化によりTgを40℃以上に高めて、実用強度を確保している。

表5-2 ポリマーのTgに及ぼすベンゼン環の影響

表5-2 ポリマーのTgに及ぼすベンゼン環の影響
図5-22 sp混成軌道で描いたアセチレン分子
図5-22 sp混成軌道で描いたアセチレン分子

2.3 混成軌道で描いたエステル結合について

  混成軌道の学習で、分子形成と結合角から分子形態をある程度、推定できるようになったかも知れない。前回(5-2)の図5-6に示すように、主鎖がエステル結合からなる長油性アルキド樹脂塗膜をアルカリ性水溶液に浸せきすると、塗膜は加水分解した。この原因として、電気陰性度からエステル結合は電荷の偏りが大きいためだと述べた。この事を電子の動きから推定できないかと考えた。電子の動きは光の速さと同じ位ゆえ、観察することはできないが、エステル結合をしている分子内で電子がどのように存在するかを考えて見る。まず、エステル結合を混成軌道で描いてみた。結果を図5-23に示す。C原子近傍に存在する図中の青丸電子は黒丸や茶色に比べて明らかに少ない。混成軌道の電子はC, Oの所属を離れ、可動範囲を広げるから動的な存在割合は分からない。また、エステル結合には2重結合があるからπ(パイ)電子が存在する。図5-23に示すように、Cは2ヶのOと結合しており、O原子内には非共有電子対が存在するため電子の存在割合はO側に密である。それゆえ、電子はOに偏っていると単純に説明したいが、電子の動きがCとO側でどのように異なるのかもっと考察する必要がある。本稿ではエステル結合を混成軌道で描けたことで良しとする。

図5-23 混成軌道で描いたエステル結合中の電子
図5-23 混成軌道で描いたエステル結合中の電子
執筆: 元川上塗料株式会社 社外取締役 坪田 実

〔参考文献〕
1)J. Glazer :J. Polymer Sci., 13, 355 (1954)
2)中道敏彦、坪田実:“トコトンやさしい塗料の本”, 日刊工業新聞社, p.117 (2008)
3)中道敏彦:“塗料の流動と塗膜形成”, 技報堂出版, p.241, p.267 (1995)
4)平山令明:“暗記しないで化学入門”, 講談社, p.29, 76 (2004)

『塗料・塗装の何でも質問講座』の目次

第1章 塗料・塗膜の白化現象

第2章 塗料と塗装のことはじめ

第3章 いろいろな塗り方

第4章 塗料のルーツと変遷

第5章 塗料をより深く理解するために

第6章 こんな疑問あれこれ-塗装作業に役立つ知識

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